津田大介
@tsuda

日本の「科学コミュニケーション元年」は近い?

3.11、iPS誤報問題で変わる、科学とのかかわり方

なぜ読売新聞は「誤報」を出してしまったのか?

津田:ただ、そういう批判もあるものの、朝日新聞やNHK、あと毎日新聞なんかは森口さんのウソに引っかからなかった。一方、なぜ読売新聞や共同通信は引っかかったんでしょう?

田中:それがすごく不思議なんですよね。もちろん、すでに各社が自省しているとおり、「基本的な確認ができていなかった」ということはその通りなのでしょう。ただ、いつも誤報をしているというわけではないので、普段はできているはずのものが、今回はなぜできなかったのか。それがはっきり見えてこない部分はあります。ちょうど誤報騒ぎがあった頃、慶應義塾大学医学部総合医科学研究センター特任准教授で幹細胞生物学者の八代嘉美さん(@Yashiro_Y)[*11] と一緒にいて、二人で「なんで引っかかったのかね?」なんて話をしていたくらいですから。ただ「読売や共同に限らず」という話であれば、いくつか理由を推測することはできます。まず、今回引っかかったのは、読売新聞つくば支局の記者ですよね。経験はあったけれど、iPSの分野には不慣れだった。そういう、ある分野に慣れていない記者が「スクープかな?」と思って、科学者の売り込みやニセ学者の話に乗っちゃうことは実はよくある話なんです。本来なら、どの分野のニュースであっても「売り込み」は疑ってかかるべきなのですが……これは大手四紙すべてに言えることですね。ご存じのとおり、新聞社に記者職で入社すると、まずは地方の支局に回される。そこで取材活動をしていると、結構な頻度で「町の発明家が永久機関を発明しました」的なネタを拾っちゃうんですよ。[*12]

津田:あはははは!(笑)

田中:記者は新人のうえに、所属するメディアはいわゆる文系社会で、科学教育を受けている確率は低いですから。で、地方支局発の地域面の記事ということもあって、特に科学部のチェックも入らずに「町のちょっといい話」として扱われるわけです。「昨今取り沙汰されているエネルギー問題を解決すべく、○○町のおじいちゃんが頑張っていろいろ発明しました」みたいに。その実、科学者から見ると「いや、それ永久機関だろ!」っていう代物だったりするわけですけど、まぁ、新聞には載ってしまう、と。

津田:ある意味、そういうレベルの記事ならあまり問題にはならないわけですよね。あくまで「ほほえましい町ネタ」として消費されるだけで、社会的影響がほとんどない。

田中:ええ。ただ、「放射能を分解するEM菌」とか「血液型占い」なんかになると、潜在的な危険はありますけどね。前者の場合、高い濃度の放射性核種に汚染されてしまった地域では、当たり前の対応をしていれば問題ないのに、畑に撒いたEM菌を信じて自分で作った作物を食べている人は内部被ばくしてしまいます。[*13] 後者の血液型占いは、本気で信じている経営者なんかが、従業員をリストラする際の基準にしちゃったりしていますから。[*14] こういったネタは「不慣れな分野のもっともらしく見える話題」を信じた記者が記事にするのですが、森口さんの一件は、その「デカい版」――地続きの話とも言えるんですよね。

津田:「デカい版」である以上、今回の場合は、しかるべきチェックを受けるべきだったと。ただ、読売の第一報はつくば支局の記者に加えて、東京科学部と大阪科学部の記者の連名になっていた――つまり、「専門部局」である科学部を通しているんですよね。それでもウソを見抜けなかった。

田中:それが推測される2つめの理由なんです。これも推測ですが、科学部の記事が一面トップを取れることなんて滅多にないので、科学部も、はやったというか、チェックが甘くなったというのもあるんじゃないですかね。もちろんダメなことなんだけど、メディアを知っている人間からするとすごくわかりやすいし、同情できなくもないじゃないですか。

津田:ええ。記者やジャーナリストをやっている以上、スクープをものにして、他社を出し抜きたいという気持ちは絶対に生まれますよね。

田中:山中伸弥先生がノーベル賞を受賞した直後で、祭りの余韻というか、メディア内部にそういう基底和音があったんだろうな、という気がしています。そして、共同通信なんかの場合は、文字どおり後追い。特オチ――ほかのメディアがこぞって取り上げているのに、自メディアだけが報じない状態を恐れるあまり、読売が飛び出したのにつられて、自分もスタートしてみたら「あれっ!? 飛び出したのオレたちだけ?」「もしかしてフライング?」っていう状態だったんだと思います(笑)。

津田:もう一つ「森口さんはどこまで本気でウソをつき通す気だったのか?」という疑問もあります。今回、彼が発表した臨床応用って個人ではなく、共同研究になっているじゃないですか。だったら、共同研究者に取材すれば一発でウソを見抜けたはずだし、事実、10月12日には共同研究者として名前を挙げられていた医師が「そんな事実はない」とコメントを出している。[*15] まあ、読売や共同については「スクープを狙うあまり、共同研究者への取材をすっ飛ばしたのかな?」「森口さんや識者に対して『検証材料をもってくるから、質問に全部答えてくださいね』なんてやってるヒマはなかったのかな?」「森口さんを信じすぎたのかな?」という気もするんです。でも、森口さんのほうがわからない。彼はなぜ「共同研究者がいる」なんてすぐにバレるウソをついたんでしょう?

田中:ある意味、科学部の記者と同じような気持ちだったんでしょうね。森口さんも森口さんで、自分たちの研究が新聞の一面を飾るようなおおごとになるとは思っていなかった。

津田:「新聞に載ったらいいな」くらいのノリで売り込んでいたら、山中さんのノーベル賞受賞の影響もあって、iPS細胞が新聞一面をにぎわすような大ネタになってしまった。そして、列挙した共同研究者から否定のコメントが届いてしまった――そんな感じでしょうか。

田中:ですね。2ちゃんねるでも「森口、もういい……休めっ!」[*16] と書かれるなど、痛々しいという視点で語られていましたけど、森口さんにしてみたら、わけもわからずマイクなんか向けられちゃって、一世一代の大舞台に上げられてしまった――そんな感じだったんじゃないですか。彼自身、それを望んでいたのかもしれないけれど。ただ、共同通信はiPS関係の一流の研究者、まさに心臓への応用も視野に入れている研究者に事実確認をしているらしいんですよね。

津田:なのになぜ、後追い誤報をしたのか――。

田中:僕がもしiPS細胞の研究者だったとして、新聞社や通信社から「世界初のiPS細胞の臨床応用が海外で行われたらしいんですけど」という連絡をもらったら、きっと囲み取材を受けた時の山中さんと同じリアクションをしたと思うんですよ。「えっ、本当なの!? 本当だったらスゴいことだけど、詳細を把握していないから、ちょっと私にはわからないなぁ」と。これは逃げでもなんでもなくて、ただ単に「本当にわからない」から、そう言わざるを得ない。きっと共同通信の取材を受けたセカンドオピニオン、サードオピニオン的な専門家も同じ反応をしたんだと思います。共同の記事を読んでみると、そんなコメントを受けての雰囲気――「これはうさんくさいなぁ」という嗅覚が働いているようにも見える内容になっていますから。

津田:「決して全部を信じたわけじゃないよ」という内容になっていた?

田中:ええ。森口さんの発表についてひととおり書いたあと、セカンドオピニオン、サードオピニオンの「わからない」というコメントも添えている。「他紙も読売の後追いをするかもしれないけど、ウチは違うぜ。ちょっと引き気味のスタンスだから」っていう体裁にはなっているんです。だから、もし森口さんの件を新聞各紙が報道していたら「共同は比較的懐疑的だった」という評価すら受けていたのかもしれない。結果的に、フライングしたのは読売と共同だけだったわけですが。

1 2 3
津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

その他の記事

日本初の「星空保護区」で満喫する超脱力の日々(高城剛)
高齢の親と同居し面倒をみていますが、自分の将来が不安です(石田衣良)
自己セラピーダイエットのすすめ:酒好き、食いしん坊のスーパーメタボなアラフィフでも健康と若さを取り戻せた理由(本田雅一)
21世紀型狩猟採集民というあたらしい都会の生き方(高城剛)
季節の変わり目に丹田呼吸で自律神経をコントロールする(高城剛)
日本のものづくりはなぜダサいのか–美意識なき「美しい日本」(高城剛)
「消費者安調査全委員会」発足、暮らしの事故の原因究明は進むのか?(津田大介)
身体に響く音の道――音の先、音の跡(平尾文)
2018年は誰もが信じていたことがとても信用できなくなる事態が多発するように思われます(高城剛)
「天才はなぜチビなのか」を考えてみる(名越康文)
日本の「対外情報部門新設」を簡単に主張する人たちについて(やまもといちろう)
「テレビを作る側」はどこを向いているか(小寺信良)
川端裕人×荒木健太郎<雲を見る、雲を読む〜究極の「雲愛」対談>第2回(川端裕人)
【高城未来研究所】「海外に誇る日本」としてのデパ地下を探求する(高城剛)
「スルーする」ことなど誰にもできない――過剰適応なあなたが覚えておくべきこと(名越康文)
津田大介のメールマガジン
「メディアの現場」

[料金(税込)] 660円(税込)/ 月
[発行周期] 月1回以上配信(不定期)

ページのトップへ