総ブラック社会はやっぱり回避しないといけないよね~~『人間迷路』のウラのウラ

ネット上の「分業」について考える

井之上:なるほど。メディアがきちんと「方向性」を打ち出してもらえないと、プレーヤーとしてもやりにくいということでしょうか。

それに関連してですが、私が、紙の書籍や雑誌を作る出版社から独立して、メルマガを配信する会社を作って思ったことは、ネット上だと、いわゆるプラットフォームとコンテンツメーカーたちの間に距離があるなあ、ということでした。つまり、優秀な人材をかき集めているはずのプラットフォームが、コンテンツのブラッシュアップにほとんど貢献していないと思ったんです。

今はほとんど聞かなくなりましたが、iPadが出て、電子書籍が主流になるという話が出てきた時に、「出版社のような中抜き業はいらない」という話が出ましたね。あえて言うと、もし本気の本気でAppleなりAmazonが出版社のやっている仕事を代替するのであれば、旧来型の出版社は無くなると思います。ただ、どうも多くのプラットフォーマーは、出版社が何をやっているのかを理解していないか、理解していてもそこには手を出そうとしていない気がするんです。

出版社の仕事は、一言で言えば、ノウハウの継承だと思います。Aさん、Bさん、Cさん……といろんな著者の方が絞り出した手法やアイデアを、編集者や編集部がギュッと凝縮して次の新しい人たちに伝える。もちろん著者もそれぞれいろんなタイプがあるので、そのままコピペで応用できるわけではありません。この人はきっとAさんタイプだからと思えば、Aさんの仕事ぶりから「こういう手法でやると取材もうまくいくよ」とアドバイスしたり、まあ、いろいろと工夫が必要なわけですが、とにかくノウハウというか業界内で積み上がった試行錯誤の結果を書き手にきちんと伝えることが仕事なんです。

こういう仕事って、リアルでもネットでも関係なく、非常に重要だと私は考えているのですが、どうもネットの世界だと、そこが弱い。むしろ「そういうことには口を出さないほうがいい」という風潮がある気がするんです。だから、確かにものすごく力があるクリエイターもたくさんいますが、みんな個人でバラバラに動いている感じがします。成功した人が出ても、どういう経緯で成功したのかをしっかり分析して、次世代のクリエイターにうまく適合する形で伝えるというプロレベルの継承ができていないように見えるんです。

もちろん、こうした作業は地道なものですし、面白くてもつまらなくてもやり続けないと見えてこないものなので、自分の興味のある分野のことだけ突然「あれは◯◯だからいいんだよ」と分析してみても、あまり意味がない。定点観測もするし、最前線も取材するし、ある程度身銭を切って仮説を確かめるといったこともしなくてはいけない。だから、「継承する」ということ自体が、継続可能なビジネスになっていないと難しいんだと思います。

ネットはその辺りが弱いことこそが、夜間飛行が存在する意味でもあるのですが、やまもとさんは今のネット全体をどのように見ていますか。

やまもと:いや、それについてお話するには、正直、僕は前提条件を満たしていないかもしれません。というのは、実は僕、なぜ自分の発信がウケているのか、本当のところでは自分でもよく分かっていないんです。

ブログは苦もなく書いているわけですけど、毎日20万から25万PVくらいをウロウロしている感じで、メルマガは3000人くらいの読者がいるわけですが、どうしてこれだけの読者を獲得できているのか、分からない。

面白いことを書いていれば人は来るだろうというのは分かるんです。ゴシップとかみんな好きでしょうから。ゴシップに、自分の言いたいことや考察や性根に関するものを書いて、バラエティのあるコンテンツを用意しておけば、それなりに読みに来てくれる人がいる。それは、分かる。ただ「お金を払っても読みたい」という人が、まさかここまでたくさんいるというのは、むしろ我がごとながら異常に思えるというか(笑)。何て言うか、自分がそんなクラスの書き手だと思ったことがなかったんですよね。

まあ、つまりプラットフォーマーとプレーヤーの区分けで言えば、僕はやっぱり「いちプレーヤー」ですから、自分なりにプレーヤーとして立てそうなところを探していくということだと考えています。

井之上:なるほど。

やまもと:それで、ネット上におけるノウハウの継承についてですが、例えば、任天堂のような企業は、もともと問屋も持っている玩具屋さんということで、「玩具」という事業領域の中で、ゲームもつくりーの、ハードウエアもつくりーの、ネットワーク構成もつくりーの、小売店ももちーの……っていうレベルになっていくわけよね。オールジャンルを抑えつつ、あらゆる情報を吸い上げて、新しい企画に回していくことができるわけです。

でも、ネットに関して言うと、それがなかなか難しい。例えば、ドワンゴさんが「自前で編集部を持つようになりました」なんて言った瞬間に、みんなコンテンツを提供しなくなる可能性が高いわけです。「えっ、俺らドワンゴ編集部に選抜されなくちゃいけないの? それって、今までの雑誌とどう違うの?」という話になるわけじゃないですか。その問題に、あっさり気づいた川上量生会長は偉大だなあと思ったわけですね。

井之上:そうですね。

やまもと:だから結局、ネット上での「いい湯加減」がみんなよく分からないんだと思うんです。「どういうのが一番いい分業だったんだっけ」と。こっちは配信するから、お前はコンテンツ作ってくれよ、と分業したとして、はたしてお互いに「おまかせ」でいいのかと言えば、そんなことはないと思うんですよ。同じ事業をしていても、違うレイヤーにいる存在が持つ情報はとても大事です。その辺りの情報交換が抜きになって、「分業だから、メールだけのやりとりで入稿して終わり」というような関係だと、どんどん成果が出なくなっていくんじゃないかと。

井之上:レイヤーを乗り越える情報交換は非常に重要ですよね。

やまもと:良くも悪くも、結局、「モノづくり」である以上、最初から最後まで一貫したテーマがあって、お客さんに対して「こういうことを喜んでもらえている」という定義がちゃんと見えていないとダメだと思うんです。さらに、そこに対して試行錯誤がPDC、Plan,Do,Checkで回っているという状態じゃないと成果が出ない。

きっと、ひとつの芸でポッと出て「うまく行きました」という人は、しっかりPDCを回せばその成果を維持できるとか、次回作も持つとか、そういうことにまで想像が至らないんじゃないか、という気がします。

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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