総ブラック社会はやっぱり回避しないといけないよね~~『人間迷路』のウラのウラ

業界がブラック企業に引きずられる

井之上:ブログの「しかけ」につなげて、さらに日本社会全体の「しかけ」について伺いたいと思います。やまもとさんは先日のメルマガで、「やはり今年は、ブラック企業についての話が前に出てくると思う」と書いていらっしゃいましたね。

やまもと:ええ、絶対出てくると思いますよ。

井之上:そのあたりについて、詳しくお話を伺えればと。

やまもと:僕は人を雇う側なので、当然社員の顔色を見たりとか「うわ、こいつ鬱になりそうだなー」とか思いながら経営しているわけです。それで、この前、NPO法人のPOSSE(※2)の理事の方といろいろ話をする機会があって、結構面白かったんです。

※2:POSSE
http://www.npoposse.jp/

聞くところによると、「ブラック企業」というのはお仕着せで作られた言葉じゃなくて、自然発生的にできた言葉らしいんですね。だから、意外と長く使われる言葉になるんじゃないかと思ってます。それで、「ブラック企業」という言葉がきちんと定着して、「あそこはブラックだからねえ」と世上の噂になるようになったほうが、浄化が早いのも間違いない。その話の延長線上で、法律がらみの話は、だんだん是正されてきているそうなんです。

例えば、ITベンチャーの企業だと「インターンを募集します」とか、ひたすら安い労働力探しになってしまっている。それはちゃんと法律で是正しましょうよ、と。「労働搾取にならないような枠組みを作って、それを守らないような企業に関してはちゃんと社会的制裁を加えましょう」と。そういうしくみを考えうる環境に、なりつつあるんです。

井之上:私は今、100年前からSFとして語られていた話が現実に起きている時期だと見ているんです。つまり、コンピュータによる自動化は、あきらかに人間を必要とする「仕事」枠を減らしていると思うんです。経営者の視点から見れば、これまでは100人の人間を雇わなくてはならなかった仕事も、これからはコンピュータ+50人でできるので、コストが安くなって良かった良かったという話です。ただ、雇われる側の立場に立てば、仕事「枠」が減るということです。プロ野球で言えば、選手登録可能人数が減るのと同じです。そうすれば当然、競争は激化しますよね。仕事の質の部分でも、仕事をこなす量の部分でも、日々厳しいハードルを課されていく。それが今だと思うんです。まあ、何と言うか、世の中の「しくみ」としてブラックにならざるを得ない状況と言いますか。

だから、私の感覚では、年配世代が椅子を離さないとか、グローバル化によって外国人に仕事を奪われているとか以上に、「人間を必要とする仕事が急激に減っている」ということは重要な問題だと感じているのですが……。

やまもと:ちょっと昔話から入ると、実は山本家はもともと商売をやっていたんですね。廻船問屋だったんです。それで家訓というか、ずっと山本家で語り継がれている言葉に、「目の前の仕事をこなして三流、仕事を工夫して二流、つねに考えてやっと一流」というものがあるんですよ。要は、机に座っているときだけ、仕事のことを考えているようではダメで、酒を飲んでいるときも寝ているときも仕事のことを考えてないと一流にはなれねえんだよ、ということです。「食う」というのはそういうことだから、と。まあ、そういうことを子どもの頃からずっと言われ続けていると、僕みたいな性格になるんですね(笑)。

それで、いつの時代も経営者の間では、「勤務時間だけ仕事に向き合っている人を雇いたいですか?」という議論が繰り返されるわけですね。経営者は従業員に対して「時間外もスキルアップをやってくれ」「会社、もしくはお客さんに対して、よりよいベネフィットを落とせるような社会人になってほしい」とどれほど願ったとしても、働く側はそんなことを一切考えない。そういうものであって、それで良かったんです。

ただ最近の問題は、業界全体がブラック企業に引きずられるようになってきたことです。例えば、編集も仕事としてはブラックですよね? 編プロとかも、だいたいブラック企業じゃないですか。

井之上:ブラックですね。

やまもと:そういうブラックな働き方をして生き残っている人たちが少人数で全体の収益を繰り回すようになると、「そういう人たちを基準に労働環境が形成されてしまう」んですよ。なぜ「ブラックな働き方は一概に悪いものじゃないよね」と言ってはいけないかというと、そういうことなんです。

井之上:はい(笑)。

やまもと:僕もブラック企業の事情は分からないでもないんです。競合他社にブラック企業が一社でもあって、似た産業構造なのにクオリティをガンガン上げているにもかかわらず安い製品を大量に出されたら、自分のところも同様にブラックにならざるを得ないと思いますよね。そうしないと、企業が潰れてしまいますから。

それに、確かに、人としてのスキルの伸長や成長と、労働環境は必ずしもフィットしません。観葉植物がたくさん置いてある、小ぎれいでだだっぴろいオフィスフロアで仕事をしていれば、スキルが増して成長できるのかと言われると、実はそうでもなかったりする。隣の席の奴と肩がふれあうようなタコ部屋で編集作業をやっている奴のほうが、力量的には伸びたりする。

とはいえ、例えば「子どもを産みたくても産休がとれない」といった、人として生きていくのに制限が加えられてしまうような労働環境しか提供できない会社に対しては、しっかり鐙(あぶみ)をかけていくのは必要だと思います。「残業代を払わない」会社とかですね。

その人の能力がきちんと担保されて、働き口も維持され、かつ使用者にとっても雇用者にとっても比較的カンファタブルなありようというのは、まだまだチューニングの余地がある気がするんですよ。

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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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