僕たちは「問題」によって生かされる
小山:目の前に問題が起こったときに、人は能動的に「生きていく」状態になっていくということ。問題によって生かされるということがある、ということなんだよね。
今のエピソードで言うと、「泳げないと溺れてしまう」という問題がやってきたときに、初めてどうしたらいいかを考えるということがある。
それで、清水先生は「オリンピックがこの間あったけど、オリンピック選手も実は同じだ」と。問題があって、それを乗り越えようとして努力する。その継続が、オリンピックの舞台へとつながっていった。問題がなければ、成長もなかった。
「乗り越えないと生きていけない」というような切迫感のある問題がやってきたときに、人は「生きていく」という選択をする。つまり実際に乗り越えようと努力していく。
「問題があるということは良くない」と言うけれども、実は「問題があるからこそ生きていけるんだ」とも言える……ということを、自分の子ども時代の話でユーモラスに話していたんだよね。
原尻:小学生たちには、どれくらいの時間、その話をしたの?
小山:1時間くらいかなあ。
もちろん、清水先生は被災地の小学生に、例えば「原子力発電所の放射能のことが問題だ」というふうに、具体的な問題について直接言ったりはしないよ。けど、きっと、今、子どもたちが日々抱えている問題がある。外で遊べないとか、友だちが少なくなってしまったとか、子どもたちに対してそういう話をしていた。「ああ、これはきっと子どもが勇気づけられるんじゃないかなあ」と思った。
子どもたちは「それで、どうだったの、どうだったの!」と、わいわいしながら話を聞いていたね。
原尻:清水先生に対して? すごいねえ、さすがちびっ子。(笑)
小山:そのときに、今の日本には「問題があることは実はいいことなんだ」という発想の転換は、実はすごく必要なことなんじゃないか、というふうに改めて思ったんですよ。
一生つきあっていきたい「足の長い問題」はあるか?
原尻:その話を聞いていて、僕は大学入学前の春休みに読んだ『自分のなかに歴史をよむ』[*2]という本を思い出した。もう亡くなった、一橋大学の阿部謹也先生の自伝なんだけど、その本のなかで阿部先生はこんなエピソードを語っているんだよね。
[*2]『自分のなかに歴史をよむ』阿部謹也
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ゼミで卒業論文を書くときに、何をテーマにしたらいいか迷っていた。そのときに、一橋大学の学長で、当時西洋史学の泰斗(たいと)だった上原專祿先生に「それをやらなければ生きていけない、というテーマを探しなさい。阿部くんのテーマは何ですか?」と言われたときに、何も出てこなかった――と。でも、それからずっと考えて「これは、やらなければいけないな」と思ったことがあった。
阿部先生は、幼い時にお父さんを亡くしていて家が貧しかったから、ドイツ系の修道院に入れられてしまった。食事はオートミールしか食べられなくて、階段を上るのもつらかったり、みんな走ってるのに2人だけ走れない子がいたんだけど、その2人とも同じ修道院に入れられていた子だったり。それくらい、貧しかった。修道院の規律がものすごくしっかりしていたことだけは覚えていた、と。
「ドイツの修道院に入れられた」ことのは、阿部少年にとって心の傷になっていた。母親っ子だったのに、引き離されてしまったから尚更だったのかもしれない。
でも、阿部先生は「僕の原点はあそこだ」と思ってドイツ修道士の歴史研究を始めることにした。やっぱりコンプレックスというか、「僕の生きてきた原点はあのドイツの修道院の生活だ」という特別な思い入れがあって「この研究を、生きていくことにつなげよう」と決心したんだよね。
それで、ドイツの中世の修道会の歴史研究から入って、中世全般の歴史を調べていったときに、「ハーメルンの笛吹き男」の伝説に出合う。そこから、歴史学のなかに社会史の分野を切り開く「阿部史学」をつくっていくんだけど、その原点は実は家庭の事情の問題だった。
小山:なるほどね。
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