「生きていくこと」と仕事を重ね合わせる
原尻:だからこの本は、「生きていくことと、研究していくこと」をうまくつなぎ合わせたときに新しいものが開けていった、という自伝なんだよね。それを読んで、僕はそういうことを大学生のときにやらなければいけないんだ、と何となくマインドセットした。
それまでは、覚えることが多い受験勉強が大変で嫌だったから、ああいう勉強はもうしたくないなと思っていたんだけれども、阿部先生の本を読んで「大学の勉強って、もしかしたらいいものなのかも」と思って、そこから勉強の仕方が変わっていった。
清水先生の話を聞いて、「生きていく」という話に関連して、ちょっと前向きになったエピソードを思い出しました。
小山:清水先生が言うには「問題にもふたつの種類がある」と。
ひとつは、すぐに答えの出る問題=すぐに解決しなくてはいけない問題がある。もうひとつは、すぐには答えが出ない問題=長い時間をかけて取り組むべき問題がある。
後者は、つまり「足の長い論理」が必要な課題。前者のように「はい、これです」とすぐに答えが出るものもあるけれども、答えが出るか出ないかということすら、わからないものもある。「そういうものにも、取組みなさい」と。
例えば卑近な例で言うと、「ライフハック」によって解決できる問題というのは、今すぐに解決できる問題ですよね。これが悪いと言うんじゃなくて、これはこれで問題に直面しているので、解決しないといけない。「今、泳ぐにはどうしたらいいか。顔をつけることだ」、これはハック的なもの。それはそれで、必要なんです。
しかし一方で、本当に足の長いことに取り組まないと、本当は人は「生きていく」ということができないんだよね。
原尻:そうだねえ。
ブランコの家、養蚕プロジェクト、棚田から感じたもの
小山:清水先生が越後妻有のアートを見に行ったときに、こういうふうに言っていたんです。「アートっていうのは、地域の時間を掘り起こしている」と。
人の住まなくなった古民家にアーティストがやってきた。ヒアリングをしていく中で、「そこは冬の間子どもたちが退屈するから、お父さんが家のなかにブランコをつくってくれて、子どもたちはそれで遊んでいた」という話を聞き出した。
そして、そのアーティストは「ブランコの家」をつくった。家のなかにブランコが揺れている。そのアートは、その家にあった時間を掘り起こしているんですよ。どんな過去があって、どんな歴史があったのか。
アート作品のなかでつまらないアートというのは、「こうやって生きている」と「生きている状態」を表現している静的なものだと思う。一方で、すごく心に訴えてくるものは何かというと、そこにある過去の時間を掘り起こしてくれるようなアート。そして、未来への時間を紡ぎ出しているようなアートだと思うんです。
他には印象的だったのが、養蚕プロジェクトのインスタレーション[*3]。養蚕の盛んだった地域があったんだけど、最近はすっかり廃れていた。
[*3]
http://www.echigo-tsumari.jp/artwork/sericulture_project
そこでは、暗い家の中に柱があって、みんなでその柱に蚕の糸を巻きつけていく。そうすると、もう何十人も巻きつけているから、布や生地とまではいかないけど、帯のようになっていくわけですよ。そこには「時間」が重なっていくわけなんです。それは、たくさんの人が「蚕の糸を持って回った」という時間の重なり合いと、「過去に実はこの地域がそういうことをやっていた」という、時間の重なり合いを同時に感じる。
ここにも、やっぱり「時間」があるんですよ。
原尻:「時間」が重要?
小山:そう。こうやって見ていくと、越後妻有にある「棚田」にも、豊かな時間が重層的に重なっている。人類がこんなに困難な場所に住もうと思ったときに、急斜面を平らにして棚田にして、自然と共存してきたという歴史。棚田自体が、そうした歴史を掘り起こして提示してくれている
そうやって掘り起こしたところに出てくる問題は、すごく「足が長い」問題で、一生を賭けて取り組むものなんですよね。ひとりの命の歴史のなかでは、答えが見つからないかもしれない問題です。地域のレベルまで広げて、地域の時間を掘り起こして、そこに問題を見つけて真正面から向き合って、命をつないで取り組んでいくことが必要な問題です。
それを考えると、東京なんて(もちろん深いところには歴史がいっぱいあるんだけど)、ずいぶん即物的だし、時間の変化が単調。「足の長い」問題に取り組む雰囲気はないよね。
越後妻有にいると棚田を眺める15分がまるで一週間のように感じるよね。「そういう場面が、東京にはまったくないなあ」と思い当たる。
その他の記事
川端裕人×オランウータン研究者久世濃子さん<ヒトに近くて遠い生き物、「オランウータン」を追いかけて>第3回(川端裕人) | |
猛烈な不景気対策で私たちは生活をどう自衛するべきか(やまもといちろう) | |
「リバーブ」という沼とブラックフライデー(高城剛) | |
「どこでもできる仕事」と「そこじゃなきゃできない仕事」(高城剛) | |
彼女を部屋に連れ込んでどうにかしたい時に聴きたいジャズアルバム(福島剛) | |
外資系企業の「やり得」を止められるルール作りこそがAI規制の本丸(やまもといちろう) | |
教育としての看取り–グリーフワークの可能性(名越康文) | |
渋谷オフィスビルの空室率から感じる東京一極集中の崩壊(高城剛) | |
花粉症に効く漢方薬と食養生(若林理砂) | |
週刊金融日記 第314号【簡単な身体動作で驚くほどマインドが改善する、日米首脳会談は福田財務事務次官「おっぱい触らせて」発言でかき消される他】(藤沢数希) | |
『STAR SAND-星砂物語-』ロジャー・パルバース監督インタビュー (切通理作) | |
長崎県の政界汚職でハンターさんが巻き込まれた件(やまもといちろう) | |
優れた組織、人材でも、業界の仕組みが違うと途端に「能無し」になってしまう話(やまもといちろう) | |
世界のクリエイターに愛されるノートの物語(ロバート・ハリス) | |
高齢の親と同居し面倒をみていますが、自分の将来が不安です(石田衣良) |