甲野善紀
@shouseikan

甲野善紀メルマガ『風の先、風の跡』より

「先生」と呼ぶか、「さん」と呼ぶか

自分の思いを否定することはできない

 

さて、今回の場合はなかなか渡部翁の時のようにはいかないだろう。確かにある人物を特別なものだと思って尊敬するということが、いわば「生き神信仰」に繋がりやすく、そうなれば、それがいろいろな間違いの元になるという事は、良く分かる。生き神信仰といえば大袈裟だが、上に立つ者が権力をもって他の者を強制するということは、それがはっきりと権力と分かる形でなかったとしても、確かにその人を縛ってしまう。いや、強制的な権力なら反感を持ちつつも服従という形で、まだその人の意見も残っているが、その人物に推服してしまう、という事は、強制的ではないだけに、より一層その人の心を奪ってしまうといえる。

 

たとえば幕末の傑物といわれた西郷隆盛の人格的魅力は、個人の思考力も奪ってしまうほど凄まじいものであったらしい。そういう人間的魅力で人を縛ってしまうという事の問題点にも城先生は気づかれているのではないかと思う。

 

したがって、「炭素循環農法」が優れた方法であればあるほど、その「炭素循環農法」に付随して、それを紹介している御自身に目が向いてしまうことを危惧されているのではないだろうか。つまり、そこまで深く読まれて「自分を先生などとは呼ばないで欲しい」という事になると、ますます私は困ることになる。なぜならそこまで深く読まれている方となれば、一層尊敬の念が募り、私の美学のなかで、その方を「城さん」とはきわめて呼びにくいからである。こうなると私もいろいろと考えざるを得ない。

 

自分の深く尊敬する人物をある特別な思いを持って見ないでほしいという事を少し違った形で考えてみると、例えば、ある男の子がその子にとって大変心を動かされた女の子に出会い、その女の子を深く恋慕うようになった時、その女の子に「私だけ特別な思いで見ずに、周りの女性に対しても同じような思いで接してほしい」と言われても、それはまず不可能であろう。家族の成り立ちは、家族であるがゆえに他の人達よりもその家族に特別な思いを持つ事で成り立っているのであり、(もちろん中にはただ習慣的に続いている家族もあるだろうし、それどころか、出来ればそこから自由になりたいと思っている場合もあるかもしれないが)、とにかく人間というのは、特定の個人に思い入れをする事によって、さまざまなことが成り立っている事は確かだからである。その思いを意識で否定しようとしても、これはまず成功することはない。なぜなら、それは人間の本能の中に刷り込まれているからである。

1 2 3 4 5 6 7
甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

その他の記事

アナログ三題(小寺信良)
「直らない癖」をあっという間に直す方法(若林理砂)
自分流ハイブリッドで身体を整える(高城剛)
韓国情勢「再評価」で、問題知識人が炙り出されるリトマス試験紙大会と化す(やまもといちろう)
人はなぜ「モテたい」のか? いかにして集注欲求を昇華させるかが幸福のカギ(名越康文)
アジアの安全保障で、いま以上に日本の立場を明確にし、コミットし、宣伝しなければならなくなりました(やまもといちろう)
ようやく到着 ポータブル原稿書きマシン「Gemini」(小寺信良)
『数覚とは何か?』 スタニスラス ドゥアンヌ著(森田真生)
暗い気分で下す決断は百パーセント間違っている(名越康文)
物流にロボットアームを持ち込む不可解、オーバーテクノロジーへの警鐘(やまもといちろう)
YASHICAブランドのスマホ向け高級レンズを試す(小寺信良)
『つないだ手をはなして』主演川上奈々美さんインタビュー(切通理作)
宇野常寛特別インタビュー第5回「落合陽一のどこが驚異的なのか!」(宇野常寛)
袋小路に入ってしまった年金制度改革をどうしたものか(やまもといちろう)
アマチュア宇宙ロケット開発レポートin コペンハーゲン<後編>(川端裕人)
甲野善紀のメールマガジン
「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」

[料金(税込)] 550円(税込)/ 月
[発行周期] 月1回発行(第3月曜日配信予定)

ページのトップへ