城繁幸
@joshigeyuki

期間限定公開! 新刊『「10年後失業」に備えるためにいま読んでおきたい話』

【第4話】キャンプイン――静かな戦いの始まり

山田はすぐに監督とコーチ陣、そしてベテラン選手を交えたミーティングを開いた。もちろん、中森も参加している。まずは、午前中の基礎トレーニングの意義について、 松浦トレーナーからじっくりと説明があった。

「......というわけで、特にシーズン後半の怪我を予防するためにも、春先の基礎体力の向上は......」

突然、黙って聞いていた中森が手を上げる。

「ちょっとちょっと、なんでわしら 年選手が朝練から出なあきませんの。レギュラーは午後の実技から、朝連は自主参加いうのが普通でっしゃろ」

「し、しかし、それではチームの基礎体力が......」

「だいたいやね、アメリカの偉い学校で勉強したのかなんか知らんけども、君はアレかね、プロの選手経験はあるんかね(※4)」

「......」

「まあ無理せんと、プロの練習のことはわいらに任せてくれといたらええんや。見てみい、みんな絶好調やないか。わしらくらいの年季になると、春先になると体は自然にできてくるもんやねん」

周囲の選手もそうだそうだと頷いて見せる。面白いのは、最初は真面目に練習していたはずのベテランの中にも、中森シンパが増えつつあることだった。どうやら中森というのは、負のカリスマ性があるらしい。

といって、素人の山田には、どちらが正しいのやら判断しかねる問題だ。結局、最後は監督の判断に任せることにした。

「どうします? 監督......」

「うーん、まあ、ここは中森君たちの顔を立てようじゃないか。これまでどおり、 歳以降の選手は午前練習は自主参加というのでいいじゃないか」

「さすが山上さんや、話がようわかりはるわ!」

その日から、時々は朝から顔を出していたベテランも、ほとんどが重役出勤するようになった。これまではなんとなく行われてきた慣習だったが、公式に上層部からお墨付きが出たのだから当然だろう。

松浦はその後も、いつくか新しい練習メニューについて、上層部や選手に提案を行 った。インナーマッスルを効果的に鍛える方法や、練習前後のヨガを取り入れたストレッチ、そして各種の食事制限。みな、アメリカの大学で教えている最新のアプローチだ。

だが、そのほとんどが上層部からも選手からも拒否された。

「いやあ、ちょっと時間的余裕が......」とか「時期尚早じゃないか。もう少し他球団 の様子を見よう」とかあれこれ理屈をつけるモノの、要するにみんな新しいことはやりたがらないのだ。(※5)

「なんか、寂しいですね......。メジャーはどんどん新しいアプローチを導入してくれるのに」

「まあ、あまり落ち込まないでよ。君、まだ一年目なんだしさ。これからゆっくり理解してもらえばいいじゃない。それに、大企業なんて、どこだってこんな感じだよ。新しいことを始めようとすると、すごく抵抗があるものなんだ」

「でも、うちはサラリーマンじゃなくてプロ野球ですよ。それでいいんでしょうか」

「ははは、まあそうなんだけどね」

その時、ふと山田は気付いた。 ひょっとして、彼らユニオンズの選手達はサラリーマン化しつつあるのではないか。 いや、まさか、サラリーマンになりたくて、うちに集まったんじゃないか......。(※6)

※4 プロの選手経験/俺の方が経験が長いから、というロジックは一見筋が通っているように見えるが、ほとんどの企業現場においては 年も経つとノウハウは陳腐化する。というか、経験が無い人が意見しちゃいけないなら世襲政治家なんてやりたい放題である。

※5 みんな新しいことをやりたがらない/大人しく座っていれば進級させてもらえるけど手を挙げて間違っちゃうと落第させられてしまうクラスは、さぞお行儀がいいことだろう。同様に、能力よりも経験が重んじられる減点主義の風土では、個々の生き残り戦略としては「新しいことをやらない、挑戦しない」のが合理的だ。もちろん、最終的に彼らは巨大なリスクを皆で背負うことになるのだが。

※6 サラリーマン根性/筆者は、人間は環境に適応する生き物だと考えている。すなわち、終身雇用や年齢に応じたポストといった慣習が、新しいことをやりたがらず、リスクを犯さないサラリーマン根性を育てるのだ。

 

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城繁幸
人事コンサルティング「Joe's Labo」代表取締役。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種メディアで発信中。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』等。

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