宇都宮徹壱
@tete_room

ワールドカップの裏の裏

「報道されない」開催国ブラジルの現在

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※この記事はメールマガジン「徹マガ」2014年1月10日号(通巻第177号)「報道されない」開催国ブラジルの現在 大野美夏(サッカージャーナリスト)インタビュー<前篇>」を再構成したものです。

 

今回、サンパウロ在住のサッカージャーナリスト、大野美夏さんにご登場いただくのは、もちろん今年がワールドカップイヤーという理由もあるのだが、実はもう少し深い部分での思惑もあった。たとえばNHKでは最近、「ワールドカップイヤーを迎えた開催国ブラジルの様子」というものが盛んに報じられているが、取材対象が「スタジアム」「イトゥ(日本代表の合宿予定地)」そして「サッカーファンが集まるバール」と紋切り型になってしまうのがどうにも気になっていた。

そうした表層的な部分だけでなく、現地で暮らしている視点から「開催国ブラジルの現在」というものを知りたい。そう考えたときに、真っ先に思い浮かんだのが大野さんであった。ブラジルに詳しい同業者は何人か知っているが、大野さんは現地のサッカーに詳しいだけでなく、いち生活者として20年以上も現地で暮らしている(日系2世のご主人との間に娘さんがいる)。そうした生活者の視点こそが、実は重要なのではないか。

(取材日:2013年12月3日)

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(C)Tete_Utsunomiya

 

本大会後も有効活用できるスタジムは7つだけ?

 

――今日はよろしくお願いします。さっそくですが、現時点(昨年12月3日)で、ワールドカップ開催まであと7カ月と迫っています。今日、開幕戦が行われるサンパウロのスタジアムを見て正直あぜんとしたんですが(苦笑)、本当に間に合うんでしょうかね? 日本人の感覚からすると、相当に無理な気がしてならないのですが

大野 うーん、「スタジアムだけできれば、サッカーはできる」っていう論理のもと、正しく作っているんじゃないですか(笑)。だって、周りは何もできてなかったでしょ。

――最寄り駅からスタジアムまでの道路は、ところどころ舗装されていなくて土がむき出しになっていましたよ(笑)。街灯もなかったし、夜の試合で安全性がきちんと確保されるのか、非常に不安でしたね。あの地域って、けっこう低所得者が多く暮らしていると聞いたんですが

大野 ええ。あちらの地区の住民たちは、スタジアムができることで、インフラが良くなるのをすごく楽しみにしていたんだけど、結局スタジアムを作っているだけで、周りは何にも特に良くならない。むしろ工事のために渋滞になったり、停電になったり(苦笑)。どうせ試合も見られないだろうから、地元の人たちにあんまり恩恵はないんですよね。

――前回の南アフリカ大会でも、メインスタジアムのサッカーシティは貧しい地域に作られたんですが、開幕半年前でもかなり工事が遅れていて不安視されていたことを思い出しました。ある種のデジャヴュ(既視感)を感じましたよ

大野 最終的にはどうだったんですか? 本大会のときは。

――さすがにスタジアムは完成していました。でも結局、スタジアムの周囲は舗装されずに土ぼこりと泥がすごかったんですよ。駐車場はぜんぶ土(笑)

大野 なるほど。わかるような気がします(笑)。要するにサッカーさえできて、TV中継さえできればいいわけですから、最終的には。コンフェデがそうだったでしょ?

――そうそう、今年のコンフェデでもそれを痛感しましたよ!

大野 でしょ。だから「ああ、(本大会も)こういう感じなんだろうな」と。それこそレシフェのスタジアムなんか、エレベーターがまだなくて歩いて上まで登ったでしょ。だけどエレベーターがたとえ使えなくても、人間が歩いて登れば済むことだから(笑)。それに滞りなく試合の中継もできましたと。本大会もそれで丸く収まってしまうんでしょうね。

――TVでコンフェデをご覧になっていた人にはわからないと思うんですけど、バックヤードは本当にひどかったんですよ。壁や天井は配線がむき出しで、ほとんど工事中って感じでしたから。ところで今大会は12会場で行われるわけですが、ほとんどが新たに作られたスタジアムなんでしょうか?

大野 ほとんどがそうですね。改修はリオのマラカナンとベロオリゾンテくらいですかね。ブラジリアは、いっぺん壊して同じ場所に作り直したけれど、ほとんど新築ですよ。あとポルトアレグレは、いちおう改修ですね。

――まあ新築であれ改修であれ、これだけたくさんの新しいスタジアムがブラジル国内に作られるわけじゃないですか。これって、大会後もきちんと活用されるんでしょうか?

大野 半分ぐらいですかね。もともとプロサッカーが盛んな地域はいいと思うんですけど、そうでない開催地もけっこうありますから

――たとえばマナウスとか、アマゾン川流域に4万人以上のスタジアムを作って、どうするんでしょうかね?

大野 あとはクイアバとか、ナタールとかですね(編注:いずれも日本戦が行われるスタジアム)

――ブラジリアも7万人規模のスタジアムを作りましたけど、首都とはいえ地元にそれだけの観客を呼べるクラブはないですよね?

大野 そうなんですよ。ブラジリアについては、地元の政治家が自分のお膝元でいいところを見せたいという思惑があって、あれだけの立派なスタジアムを作ったんですけど、当初の予算の2倍になったそうですよ。

――フォルタレーザはどうですか? いちおう地元クラブがあったと思いますが

大野 フォルタレーザもプロサッカーという意味ではぜんぜんダメ。

――じゃあ、大会後も有効活用されそうなスタジアムは?

大野 うーん、ポルトアレグレ、クリチーバ、サンパウロ、リオ、ベロオリゾンテ、サルバドール、レシフェがギリギリかな。あとはぜんぜんダメですよね。

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(C)Tete_Utsunomiya

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宇都宮徹壱
1966年3月1日生まれ。東京出身。 東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)、『松本山雅劇場』(カンゼン社)など著書多数。『フットボールの犬欧羅巴1999-2009』(東邦出版)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。2010年より有料メールマガジン『徹マガ』を配信中。

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