大卒者の半分が大卒資格など必要ない職についている
竹田:そういう意味で、「今後の教育」についても、雇用と切り離しては考えられないと思うんです。僕は自治体で教育委員をやっているので、「国際化社会に向けて、小学校から英語を教えるべきだ」という議論をよく聞きます。でも、僕からするとナンセンスです。
どうも今の親や学校は、「英語ができる」ことをある種の「ライセンス」として捉えて、それだけで就職のときに役に立つという意識が先に立ってしまっている。でも、現実には「何の仕事をどんな環境でするか」までしっかりとしたイメージを子どもに提示できないと意味がない。本当にライセンスとして通用するなら「とにかく深いことは考えずに勉強しておけ」でも良いのかもしれませんが、数十万人全員に同じ種類のライセンスを与えてしまって、ライセンスとして機能するはずがありません。
だったら、中国語や韓国語のライセンスも用意しろと。教育改革をするのであれば、雇用の入り口ではなくて、雇用された後まで考えて制度を設計しないと、結局はうまくいかないと思いますね。
そもそも日本は国内に留まる大卒ホワイトカラーが多すぎです。国内のマーケットがそれなりの規模があるので、ギリギリ吸収してきましたが、こうした層こそグローバル市場に出て行ってもらわないと、国内の中間層を圧迫してしまいます。実は近年、アメリカで問題になっているのが、大学を出た人の半分ぐらいが、大卒資格など必要のない仕事に就いているということなんですが、日本も完全に同じ道をたどっていると思いますね。
城:私大の教員をしている人から話を聞くと、父兄からの質問で一番多いのが、「この大学は上場企業と公務員に何人受かったか」なんだそうですね。「何を学べるか」などはほとんど聞かれない。
ただ、この10年で教育はガラリと変わると思います。これまでのように「どこの会社に行くのか」、つまり「どういう社会保障を貰える身分に入れてもらえるか」が重要ではなくなったとき、注目されるのはやはり「何を身に付けているか」だと思うんです。そうなれば、「大学はレジャーランド」という認識は完全に終わって、みんな勉強するだろうし、「偏差値が高いから何となく東大文系に入っておこう」といった価値観もなくなると思います。
いわゆるリベラルアーツ的な大学は残ると思うんですよ。地主のお子さんが品のよいお友だちを作るために行く大学は、それなりに需要はあると思います。東大も東大でアカデミズムの砦として必要とされるでしょう。でも、それ以外の「普通の大学」は、基本的に実業系に力を入れるしか生き残る道はない気がします。
例えば、法学部で言えば、アカデミズムとしての法学を研究するごく少数の大学と、即戦力の弁護士を目指す人を育てる大学だけになる。実は私もよく欧米の人から「城さんはなんで法学部を出たのに弁護士にも官僚にも政治家にもなってないんですか」って聞かれるんです(笑)。「いやー、日本ではそういうもんなんですよ」と答えてきましたけど、これからは私のような人はいなくなるでしょうね。これが何のためになるのかわからない勉強と、明確な目的があってやる勉強では、身が入り方が違います。そういう機会を社会がもっと増やしてあげれば、大学も企業もともに活性化すると思うんですよ。
竹田:アメリカでは、仕事を始めてから大学に行ったり、ある程度勉強したら仕事に戻ったり……というのは、普通のことですからね。つまり今後は、大学在学中にキャリアの礎を築くのも重要ですが、それだけでは足りなくて、職場に入った後にどうやって自分のキャリアパスを開拓していくかが重要になってくるということですね。
ネトウヨと「反アマゾン法」
城:今、世界中でナショナリズムが強まっていると思うんです。ただ雇用の面から見ると、世界的な傾向とは、日本はちょっとズレていると感じるんですよね。
まず、日本の終身雇用制度や企業別の労働組合は、実は戦前の国家総動員体制を引きずっている面がある。戦前には、一年ごとの賃金上昇枠を定めた「賃金統制令」といった法令もあったのですが、それが21世紀の今までそのまま残っている。そうした影響もあってか、やっぱり日本は全体主義的な意識が強い気がします。
高度成長期に飛び降り自殺をした日商岩井の役員が書いていた遺書に「会社の生命は永遠です。その永遠のために私達は奉仕すべきです」といったことが書いてあったのは象徴的です。この個より組織を優先する気質は、実は未だに残っています。
ナショナリズムの強まりと関連して、私が興味深いと思っているのは、この全体主義的な気質は、右翼と左翼の枠組みを乗り越えるということなんです。
例えば、いわゆるネトウヨの中には、自由貿易や規制緩和に批判的な人間が少なくない。一応は保守が売りのはずなのに、左翼の階級闘争史観を後生大事に抱えていて、規制とバラマキが大好きだったりする。一方で、左の労働組合の人も「中国人と同じ給料をもらうなんて許せない」なんて言っている人がいる。こうした不思議なナショナリズムが台頭しているのは、日本だけの特殊な現象のような気がするんですよね。
竹田:まず、世界的にナショナリズムの気運は、グローバル化が進むことでさらに強くなるでしょうね。一般的な傾向として、資本でも人でも物でも「外」から入ってくるものが増えると、防御反応が働くのは自然だと思います。そして、そうした反グローバル運動の流れにおいては、右と左の違いが曖昧になる。
実はヨーロッパでもそうした現象が起きているんです。例えば、フランスでも、アメリカ系のグローバル企業排斥という点では、右と左の利害が一致していて、サルコジはその間を行ったり来たりして大統領になった政治家とも言えるし、2014年には書籍の配送料無料を禁止する「反アマゾン法」と言える法案が議会で可決したりしています。
たぶん日本の場合が特殊なのは、「歴史的経緯がない」ところだと思うんです。この対談の冒頭で「日本は周回遅れ」という話が出ましたが、それと同じですよね。ヨーロッパやアメリカの場合は、外部から人や資本が入ってきては、それに反発をして……ということを繰り返し、摩擦が日常になった結果として、今がある。
でも日本はここ50年ほど、もちろん安全保障レベルではアメリカや中国との複雑な関係はあったにせよ、雇用レベルではわりと真空のままだった。それが、ここにきて急に海外との接点が増えたことで、ネトウヨのようなエキセントリックな反応が出た部分もある気がしますね。
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