いかがでしょう?
マシューの短い言葉に対して、アンは一気に話し始めます。
「このかばん、うまくもたないとハンドルが取れちゃうの。私はコツを知っているから、私が運んだ方がいい」「とにかく来てくださってうれしいわ。もしいらっしゃらなかったら、野生の桜の木の上で眠ることになって、それもまたよかったでしょうけど」といった、冒頭の一言二言だけでも、アンが賢く、想像力に満ちた、ユニークな女の子であることがわかります。
アンは、その後もずっと話し続けます。次から次へと、言葉が出て来る。読者は、それが、アンが精神的に貧困(deprivation)の中にあり、他人とのつながりに飢えていたからだ、ということを次第に理解していきます。
「おじさんと一緒に暮らして、おじさんの家の人になるなんて素晴らしい」「これまで、本当の意味では、誰の家の人間にもなったことがない」といったアンの発言に触れて、マシューは、目を輝かせているこの女の子に、手違いだった、本当は男の子が欲しかったなどとは言えない、説明は先延ばしにして、マリラにさせよう、と決意します。
アンは、精神の貧困の中で、想像力で生活を補ってきました。そのアンにとって大切なのは、「想像の余地」(scope for imagination)です。『赤毛のアン』は、人間の想像力が、現実の貧しさを補うために発達してくることもあるという、大切な真実を教えてくれるのです。
ところで、原書を読む際に、すべての単語がわかる必要はありません。今回の文章でいえば、私自身、belted earlという単語の細かいニュアンスがわかりませんでした。他の孤児が、実は貴族の子どもである、という想像の文脈はわかるものの、この表現がピンポイントではわからない。検索してみると、ネイティヴでもわかりにくいらしい。英語のYahoo知恵袋に、こんなやりとりがありました。
Where does the term "belted Earl" come from in the English nobility?
Best Answer ――
Until the 17th century an earl was invested by the Sovereign with the sword he wore at his waist -- hence the term 'a belted earl'
つまり、17世紀までは、伯爵(earl)は、国王からベルトに下げた刀を用いて「任命」されていたので、belted earlというようです。英語の表現の世界は深いですね。そして、原書を読む時に、必ずしもその全貌を把握している必要はないのです。
この名文!
But there is so little scope for the imagination in an asylum--only just in the other orphans.
ただ、想像の余地があまりにも少ないんですもの――想像のネタとしては、他の孤児のことくらいしかない。
その他の記事
|
なぜ汚染水問題は深刻化したのか(津田大介) |
|
国会議員は言うほど減らすべきか?(やまもといちろう) |
|
アナログ三題(小寺信良) |
|
アメリカの「失敗したモデル」を模倣し続ける日本(高城剛) |
|
「人間ドック」から「人間ラボ」の時代へ(高城剛) |
|
幻の鳥・ドードーの来日説を裏づける『オランダ商館長の日記』(川端裕人) |
|
素敵な真夏を迎えるための身体の備え(高城剛) |
|
衰退する日本のパラダイムシフトを先導するのは誰か(やまもといちろう) |
|
英国のシリコンバレー、エジンバラでスコットランド独立の可能性を考える(高城剛) |
|
「国際競争力」のために、何かを切り捨ててよいのか(やまもといちろう) |
|
俺たちが超えるべき103万円の壁と財源の話(やまもといちろう) |
|
「たぶん起きない」けど「万が一がある」ときにどう備えるか(やまもといちろう) |
|
「言論の自由」と「暴力反対」にみる、論理に対するかまえの浅さ(岩崎夏海) |
|
なぜ若者に奴隷根性が植えつけられたか?(前編)(岩崎夏海) |
|
世界百周しても人生観はなにも変わりませんが、知見は広がります(高城剛) |











