甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(3)

信仰者の譲れない部分

 

「信仰」と「矛盾を矛盾のまま両立させること」

 

狂信的な信仰者は「それしか」認めることが出来ません。『大地の母』第11巻に出てくる「東京大地震」の問題を起こした秋山真之など、いわゆる「見当はずれなことを信じて信仰から離れていった人々」というのは、自分の考え以外のもの、自分の考え方とは異質な考え方を認めることができなかったのだと思います。「それしか」認めることができないのです。また、「もしかしたら自分の考え方は『間違って』いるのかもしれない」という「疑い」や「迷い」、ある種の「後ろめたさ」を彼らは持っていなかったのではないでしょうか。

しかし、「深い信仰」とは、自分自身の信仰に対する「疑い」や「迷い」といったものを全て抱え込んだまま、安易に「妥協」させることなく、それでも自らの信仰を貫く姿勢ではないでしょうか。それは以前、曹洞宗の南直哉さんが「仏教は『閉じない』。閉じてはいけないのだ」と仰っていたこととも関連すると思っています。

 

「人間はいったん何かを信じると、<信じる自分は裏切れない>のですね。だから、たとえ教祖が「間違いだ」と指弾されても、けっして認めない。もしもそれを認めてしまうと、信じた自分を裏切ることになりますから。この構造に一度はまったら、もはや自己相対化がきかない。だからこそ、僕は<閉じた言説>はまずいと思うんですよ。

(中略)

僕がとくに禅の言葉にシンパシーを感じるのは、そこに<ぜったいに閉じさせまい>という覚悟を感じるからなのです。<閉じたら駄目だ>という明らかな意思を感じます。そこが、僕が禅に強く共感するところです。<閉じる>というのは、ある問いに対して「答えはこれだ」と一つの答えをポンと出して、問いを塞いでしまうことです」

(『<問い>の問答』)

 

本当に「深い信仰」を持った人は「自らの信仰以外のもの」を抱え込むことができるのだと思います。そこが「狂信」との大きな違いであると思うのです。また、上記引用箇所の直後で南氏は

「<生きる>ということの最も大きな力は、『アンバランスさ』だと思うのです」

と仰っていますが、この部分に私は深い共感を覚えます。甲野先生が仰る「矛盾するものを矛盾したまま両立させること」ということとも繋がるのかもしれない、と思います。

私は「科学と宗教の関係性」や、「信仰を持つ・持たない」ということに関して悩み、考えていた10代のときに、甲野先生の「矛盾を矛盾のまま両立させること。これが武術である」という言葉に出会いました。その言葉を目にした瞬間、私は「これだ」と思ったことを今でもはっきりと覚えています。

信仰に対するある種の「憧れ」と、信じることへの拒否感、科学に対する興味と、宗教に対する関心…こうした「矛盾した感情」を、安易に妥協せず、両方共に抱え込んだまま両立させること。それが、私が今でも求めている生き方です。

この感情を両方抱え続けることは苦しいですが、10代のころからずっと「安易にこの感情を『妥協』させてなるものか」と思い続けてきました。「安易な宗教多元主義」などに対する違和感も、ここからきているのだと思います。

甲野先生の著作に触れさせていただくことが多くなっていったのも、「武術」とは異なることかもしれませんが、甲野先生のお話や生き様を通して「矛盾を矛盾のまま両立させる方法を学べるかもしれない」と思ったからです。「矛盾の両立」ということが、「信仰」という問題について考える際にも必ず大きな力になる、という思いからでした。

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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