甲野善紀
@shouseikan

対話・狭霧の彼方に--甲野善紀×田口慎也往復書簡集(3)

信仰者の譲れない部分

 

それでもイエスはその更に『外側』にいる

 

ただし、これは前回のお手紙にも書かせていただいたことですが、キリスト者の方が遠藤周作の考えを「キリスト教(カトリック)の信仰としては、認めることはできない」と仰ることはある面当然であり、それに対して「頭が固い」とか「狭隘な考え方である」などと言うのはおかしいとも思います。

遠藤周作の「汎神論的な」考えが「常識的」で「真っ当」な、「科学的な」考えかたであり、それを認めないカトリックのほうがおかしいといったような(カトリックの考え方を「旧くて頭が固い」と見下したようなニュアンスを含めた)発言を目にしたことがありますが、それは違うと思うのです。

以前のお手紙にも書かせていただきましたが、信仰者の方には「絶対に譲ることのできない部分」が確実にあるはずです。それは信仰の「外部」にいる人間には全く理解できないことかもしれませんが、それでも、そうした信仰者の方々の「自らの信仰を守り通す態度」は尊重すべきだと思うのです。

それは、「現代の(科学を含めた)『常識』から考えたらおかしい。だからやめろ」という観点から一方的に判断されるべきものではありません。その点は、自戒を込めて強く認識しておく必要があると思います。

この「信仰者の譲れない部分」ということに関して、最後に先日のお手紙にも紹介させていただいた牧師さんの方からのメールをご紹介させていただきたいと思います。前回書かせていただいた文章を、その牧師の方にもお送りしたのです。3年前の対話への、僕からのひとつの「回答」として、是非読んでいただきたかったからです。

個人的に頂戴したメールのため、全文をそのまま転載することはできませんが、その内容を要約させていただきます。そこには、「齋藤宗次郎」というキリスト者に関する文章が書かれていました。宮沢賢治や、日本のキリスト教史に詳しい方なら、ご存知だと思います。

 

「田口さんは、『雨ニモ負ケズ』の詩のモデルがいたのをご存じでしょうか。

(略)

斉藤宗次郎です(1877~1968年)。斉藤宗次郎は岩手県花巻市に生まれ、地元の小学校教諭となりました。内村鑑三に影響され、23歳でキリスト教に入信しました。小学校で聖書や鑑三の日露非戦論を教え、退職させられました。その後、約20年間、新聞配達業の仕事をしました。10数種類の新聞を配達し、朝3時に起き、雨の日も風の日も、6,7貫(1貫は3.75キロ)もある大風呂敷を背負い、駆け足で配達に回りました。配達や集金の際には、病人を見舞い、道ばたで遊ぶ子供たちに菓子を分けました。相談にも誠実に応えました。

(略)

当初はキリスト教信者だからと石を投げられるなど迫害を受けました。子供達は、「やそ、はげあたま。やそ、はりつけ」とはやしたてました。

(略)

やがて「名物買うなら花巻おこし、新聞とるなら斉藤先生」というまでになりました。次第に人々の信頼を集め、「花巻のトルストイ」と呼ぶ人もいました。配達業をやめて上京する時には、駅に名士や住民200人以上が見送りに駆けつけたといいます。

(略)

宮沢賢治が花巻農学校の教師だった頃交流があり、こんな姿が『雨ニモ負ケズ』のモデルになったといわれています。『雨ニモ負ケズ』の後半部分は、まるでクリスチャンの目指す生き方をよく描写していると思います。

『東ニ病気ノコドモアレバ     行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ       行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ      行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ  ツマラナイカラヤメロトイヒ』

先日、東京で斉藤宗次郎のシンポジウムがあり、こんな発表がありました。

「賢治は『ミンナニデクノボートヨバレ』と書くように、みんなを巻き込まなければならない精神的弱さがある。それに対し宗次郎は『ミンナニ』と言う必要はない」と述べ、精神的な強さにおいて差があることを示した。」

モデルは詩以上の人です。

田口さんのこれからの成長を楽しみにしています」

 

以上が牧師さんからいただいたメールの内容です。

以前甲野先生にお送りしたメールにおいて、私が「お伝えしたかったこと」は、この牧師さんには必ず「伝わった」と思います。そしてそれと同時に、私はこのメールから「本当の信仰者・キリスト者」の「誇り」も感じました。

つまりどういうことかといいますと、この「斉藤宗次郎」と「雨ニモ負ケズ」の話を通して、

「ある意味、斉藤宗次郎は、あなたが尊敬している宮沢賢治『以上』の人である。そして、その斉藤宗次郎がその生涯をささげた存在が、イエス・キリストである。すなわち、宮沢賢治も、イエス・キリストの『手の中』に、『内側』にいる。あなたがどれだけ宗教や科学について考え、宮沢賢治の凄さについて考えても、それでも、イエス・キリストはその更に『外側』にいる」

ということを、この文章から私に伝えたかったのではないか、と思うのです。文章にはそのようなことは明言されてはいませんが、私は「そういうこと」だと思っています。

これに気づいたとき、私は本当に感動しました。

これが、以前のお手紙でも書かせていただいた「本当の信仰者」の誇り、そして「本当の信仰者」が決して譲ることができない部分であり、「見当外れな狂信者」や「安易な宗教多元主義者」には絶対に存在しない強さ、迫力であると思うのです。

そして私が惹かれ、これから自分自身で問い続けたいことも、まさにこの「強さ」そのものなのです。

田口慎也

 

※この記事は甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 2011年12月05日,12月19日 Vol.017-018 に掲載された記事を編集・再録したものです。

 

 

<甲野善紀氏の新作DVD『甲野善紀 技と術理2014 内観からの展開』好評発売中!>

kono_jacket-compressor

一つの動きに、二つの自分がいる。
技のすべてに内観が伴って来た……!!
武術研究者・甲野善紀の
新たな技と術理の世界!!


武術研究家・甲野善紀の最新の技と術理を追う人気シリーズ「甲野善紀 技と術理」の最新DVD『甲野善紀技と術理2014――内観からの展開』好評発売中! テーマソングは須藤元気氏率いるWORLDORDER「PERMANENT REVOLUTION」!

特設サイト

 

甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」

8自分が体験しているかのような動画とともに、驚きの身体技法を甲野氏が解説。日記や質問コーナーも。

【 料金(税込) 】540円 / 月 <初回購読時、1ヶ月間無料!!> 【 発行周期 】 月2回発行(第1,第3月曜日配信予定)

ご購読はこちら

 

1 2 3 4
甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

その他の記事

『STAR SAND-星砂物語-』ロジャー・パルバース監督インタビュー (切通理作)
東大生でもわかる「整形が一般的にならない理由」(岩崎夏海)
「テレビを作る側」はどこを向いているか(小寺信良)
視力回復には太陽の恵みが有効?(高城剛)
シンクロニシティの起こし方(鏡リュウジ)
『声の文化と文字の文化』ウォルター・オング著(森田真生)
今年買って印象に残ったものBest10(小寺信良)
「分からなさ」が与えてくれる力(北川貴英)
季節の変わり目に江戸幕府の長期政権を支えた箱根の関を偲ぶ(高城剛)
「見るだけ」の製品から「作ること」ができる製品の時代へ(高城剛)
主役のいない世界ーーCESの変遷が示すこと(本田雅一)
付き合ってるのに身体にも触れてこない彼氏(25歳)はいったい何を考えているのでしょう(石田衣良)
日本は経済活動の自由がある北朝鮮(高城剛)
「お前の履歴は誰のものか」問題と越境データ(やまもといちろう)
キリシタン大名と牛肉を食する文化(高城剛)
甲野善紀のメールマガジン
「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」

[料金(税込)] 550円(税込)/ 月
[発行周期] 月1回発行(第3月曜日配信予定)

ページのトップへ