「資格」よりも「組織」!?
城:ただ今では「あの時辞めなくて良かった」と心底思っています(笑)。7年企業で働いたことで、ものすごくキャリアが身につきましたから。その経験を経たことで「人事の仕事を柱にすればメシは食っていけるな」と思えたので、独立したわけですけど、あの時、なんとなく会社を辞めていたら、今どうなっていたかを考えるとゾッとします。
西田さんから見て、この「無業社会」を少しでも緩和するためにできることって何だとお考えですか。
西田:今お話したように誰でも無業状態に陥る可能性はあるわけですが、統計的に言うと、無業状態の人たちは普通自動車の免許証のような、海外で言えばソーシャルセキュリティナンバーに当たるようなものを持っていない人の率が高いんです。日本では免許証は、身分証明証としての役割を果たしますから、それをもっていないとアルバイトなどでも通りにくかったりします。それから、PCのスキルをまったく持っていない人が多い。経済的な事情などで、そもそもPCに触れたことがない人も結構な割合でいます。
城:いわゆる「働いていない若者」は、一日中パソコンに張り付いているイメージがあったので、むしろPCスキルが高い人が多いのかと思っていたんですが、そういうわけでもないんですね。
西田:そうなんです。僕が主張したいのは、とりあえず「入り口の平等」をできるかぎり確保しましょうよということです。今の行政による就職支援というと、どうして「資格取得を手助けします」といった均質的なものになるのですが、それ以前の「最初の一歩」に目を向けて欲しい。つまり、家庭の経済状態が悪かろうが良かろうが、望めば普通免許を取ることができたり、PCを最低限使えるようにする機会を用意する。まずは、そのレベルの土台をしっかり築くことから始めないと、いくら「資格取得支援」をしても意味がないと考えているんです。
それから「たとえ無業状態に陥ったとしても、携帯電話を持っている人は、無業期間が短い」というデータもあります。つまりこれは、仕事を得るためには「誰かとコミュニケーションを取る」ことが非常に大きな要素になりうると言えます。誰かに相談したり、助けを求めたり、もっと直接的には就職活動の電話をかける相手がいる人ということですね。学校を中退していたり、学歴が高い人でもゼミに入っていなかったりする人は、言い換えれば、「人と接触する機会」を失ってきているわけです。それがある閾値を超えてしまった人は無業状態から抜け出しにくくなっているというわけですね。人間関係、社会関係の形成と、就職活動を、並行して支援していくことの重要さが示唆されます。
城:その「資格取得には意味がない」という話と、「コミュニケーションを取ることこそ大事」という話は、失業問題でも同じことが言えますね。よく「どういう資格を取っていれば、職に困らなくなりますか」と聞かれるんです。でも企業の人事担当者の視点から言えば、資格所持者に対する特別なニーズはありません。つまり「この資格を持っていれば採用してもらえる」なんて資格はない。もちろん、持っていないよりは持っていた方がいい場面も多いと思います。
でも基本的に日本企業は、「仕事はOJTで教える」「資格がどうしても必要になれば、会社のお金で取りにいかせる」というスタンスです。だから、資格よりもコミュニケーション能力が重視される。そしてコミュニケーション能力というのは、組織の中にいることで磨かれていくものですから、とりあえず組織の中で働いた経験を重く見られるんですね。
おおげさな話でもなんでもなく、税理士でも、公認会計士でも、弁護士でも、その資格を持っているけれども28歳で職歴がない人と、まったく聞いたことのない中小企業でも実務経験のある28歳なら、人事は99%後者を採用したいと思うものなんです。
だから、反対に採用される側から考えれば、もし仕事を得たいのであれば、「組織に入ってキャリアを積む」ことが何より大事なんです。とにかく20代のうちに会社の中でキャリアを積む。別に有名企業である必要はありません。暴力団や犯罪行為をしている会社は別ですが、今世の中で問題とされている「ブラック企業」でも、私はいいと思いますよ。そもそもブラック企業を取り締まるはずの厚生労働省にしたところで、キャリア官僚は月に200時間残業をしている超ブラック企業です。
結局、いわゆる「ブラック企業」と言われて叩かれているサービス業系の企業と、若手をバリバリ働かせる大企業のどこが違うかというと、大企業は35歳くらいになるとやや仕事の量が落ち着いてきて、40歳を過ぎるとふんぞり返る立場になる。一方で賃金は上がって、ポストや役職もつく。でもサービス業系のブラックは、ずっとブラックな労働状態が続く。それだけのことです。逆に言えば、「30代以降に自分の好きな働き方をするために、20代の間は仕事の基礎を身に付けることが大事なんだ」と割りきって考えれば、どこに企業に入るかはそんなに気にしなくていいと思う。
「資格貧乏」という言葉があるんです。資格試験の勉強にのめり込んでしまって、たとえ受かったとしても、キャリア全体から考えると逆に追い込まれている人がいる。そういう人の中には、「組織に入ってOJTを積むことから逃げてしまった」人が多いと思うんです。資格の勉強は、コミュニケーションを取らなくてもいいですからね。
西田:実は勤務先の大学では大学院のキャリア支援の担当をしているのですが、司法試験に失敗してしまったロースクールの卒業生が悲惨なことになっていることが問題視されています。
学部からあわせて10年近く大学に通って修了したのに、現在の司法試験は受験回数に制限があるため、司法試験に合格できなかった場合には、工場でパンを焼くアルバイトにさえ受からなかったりする。司法試験の受験者のなかには、明らかに法律の知識は人よりもたくさん持っていますが、ヒューマンスキルと言いますか、人と一緒に働くにあたっての総合的な力が足りないと感じることはあります。
ただ僕自身も彼らの気持ちはよく分かります。僕も、研究室よりも、自宅の、自分の机で仕事をするのが一番落ち着きますから……。
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