名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文のメルマガ『生きるための対話(dialogue)』より

身近な人に耳の痛いアドバイスをするときには「世界一愛情深い家政婦」になろう

僕らはみな互いに「影響を与えたい」と思っている

 

なぜ「身近な人間関係」が高いストレスをもたらすのか。その原因のひとつに、僕らがどうしても、身近な相手を変えたい、コントロールしたい、という強い欲望を抱いてしまうから、ということがあります。

もちろん、「人に影響を与えたい」というのは、僕ら人間が持っている、かなり根源的な欲求のひとつであり、また、その欲求そのものは必ずしも否定すべきものではありません。

仏教では「他人に影響を与えたい」というのは欲であり、煩悩だと考えますが、それと同時に「煩悩即菩提」という言い方もある。これは、「人に影響を与えたいという煩悩があるからこそ、菩提(悟りの境地)への道が開かれる」ということですね。

煩悩即菩提というのは非常に矛盾したことを言っているように聞こえるかもしれませんが、現実の人間関係を見ていると、そういうことはしばしば起きているように僕は感じます。僕なりに解釈するなら、これはたぶん、「人に影響を与えたい」という欲そのものは全否定すべきものではないけれど、その欲求をそのままの形でぶつけても、必ずしも功を奏しないよ、という教えなのだと思います。

例えば子育てでいえば、子どもの成長を願わない親はいませんし、その「欲」は当然、否定すべきものではないはずです。しかし、その「欲」をそのまま実践してるだけでは、子どもの成長をかえって邪魔してしまうこともある。

子供の成長に必要なものをすべて与えて育てようとしたがために、かえって子供の「成長したい」という主体性を押さえ込んでしまうということがあります。あんまり細々としたことに気がつかなかったり、ぼやーっとしてるぐらいの親のほうが子供は「自分でやらなきゃ」と考えるようになる。そのほうが「子供の主体性を育てる」ことにつながることもある。

「良い影響を与えたい」と思ってやったことが、結果として悪い影響を与えてしまうこともあるし、何もしないほうが結果的には良かったということもあるわけです。

図式的ではありますが、少なくとも「人に影響を与えたい」という欲を理想論的、原理主義的に実践しようとするとうまくいかないことがしばしばある、ということは間違いないところでしょう。そのことは、身近な人間関係において怒り(ストレス)が強くなりやすい、ひとつの原因になっていると考えられます。

 

「教える」ことと「やらせる」ことは違う

 

「人に影響を与えたい」という欲を、うまく実践に移していくにはどうすればいいか。1つ覚えておくとよい心理学的な知見は<「教える」と「やらせる」を区別する>ということです。

「こうだよ」と相手に伝えたら、その瞬間に、「相手がそれをやるかやらないか」ということへの関心を捨て去る。もし相手が言ったとおりにやらなくてもがっかりせず、「あ、やらないんだな」と割り切って心を切り替える。

「この人にこれは言ってあげよう」と思ったら率直に伝える。でも、伝えたことを相手が実践するかしないかについては、関心を持たない。たったこれだけの心理学的なテクニックであっても、きちんと実践すれば、身近な人間関係で生じるストレスをかなり減らすことができます。

もちろん、人の生死にかかわるようなことや、「このままではこの人、詐欺に引っかかって数百万円失ってしまうかもしれない……」といった緊急性があれば話は別です。相手が聞く耳を持たなくても、一生懸命条理を尽くして説得する、ということもあるでしょう。
しかし、たいていの場合、相手があなたの言うとおりにやらなかったからといって、ただちに大きな危険や害悪が生じることはありません。

僕たちは知らず知らずのうちに、本来別のことであるはずの「教えること」と「やらせること」をごっちゃにしています。教えたからといって相手がやるとは限らないし、やらなければいけない義務もないのです。

「教える」と「やらせる」を意識の中で、丁寧に切り離す。「本当にわかった?」「わかってんの?」と念押しするのもやめる。だいたい、この一言が相手の主体性、やる気を失わせる原因ですから。

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名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、京都精華大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『質問です。』(飛鳥新社、2013)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

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