世界一愛情深い家政婦になる
ただ、わかってはいても、相手が身近な人であればあるほど、「教える」と「やらせる」を切り離すことは困難である、というのもまた、現実です。相手に対して親身になればなるほど、自分が言ったとおりに相手が動かないと腹が立って仕方がなくなってしまう。
このある種の心理学的ジレンマを解消するひとつの方法が「世界一愛情深い家政婦になる」という方法です。
聖人、ラーマ・クリシュナが、こんなことを言っています。「もしあなたたちが本格的に宗教的修行をしようと思うなら、自分の子供を我が子だとは思わず、この世でもっとも愛情深い乳母として育てなさい」と。
この話を「子供は宗教的修行の邪魔になるから、距離を置くようにしなさい」と解釈する人もいるようですが、僕はそうじゃないと捉えています。ラーマ・クリシュナは単に「乳母」ではなく、「もっとも愛情深い乳母」と言っています。世間並以上に子どもには愛情をそそぐ。しかし、立ち位置としては「乳母」でありつづけよ。そうすることが、そのまま宗教的修行につながる、ということを言っているのだと思うのです。
乳母や家政婦、あるいは執事。こうした立ち位置にいる人たちは、自分の関わる相手に深い愛情をかけながらも、それによって相手がどう行動を変えるかについて、必要以上に執着することはありません。
怒っている家族や友人を目の前にしたとき、私たちはどうしても、その怒りをどうにかして収めてほしいと願うし、説得しようとします。しかし、もしあなたがその家に雇われた家政婦だったとしたらどうでしょうか。「こうしたらどうですか」と伝え、諭すことはあったとしても、自分の言う通りにしなかったとしても、それほど強い怒りに支配されることはないと思うのです。
乳母や家政婦、執事といった「家族の中にいる他者」というのは、親密に相手に関わりながらも、相手を所有したり、コントロールしようとはしません。それは越権行為だからです。そういう立場に自分が立っている。そう思い込むだけで、相手と自分とを同一化しようとする心の「熱」を、少し冷ますことができます。
家族や身近な人が怒りにかられているのをなんとかしてあげたい。そう思った瞬間「この世でもっとも愛情深い家政婦」になりきってみてください。それから、相手に接してみる。そうすると自分の中にある「相手をコントロールしたい」という熱気のような心の働きがフッと冷めてきます。
「家政婦のような」というと冷たく感じる人もいるかもしれませんが、実際に「家政婦」になりきってみると、相手に対する温かさは残っているけれど、相手や自分を焼き尽くすような熱は冷める、不思議な感覚を体験することができます。「熱さ」を削いでも「温かさ」は残るのだ、ということを一度身体で実感しておくと、どうしても怒りにかられてしまいがちな身近な人との関わり方も変わってくるのです。
世界一愛情深い家政婦になるということ。身近な人への感情のコントロールに苦しんでいる人は、一度試してみてください。それだけの価値のある方法だと思います。
※この記事は「名越康文のメルマガ 生きるための対話(dialogue)」2013年01月21日 Vol.044<「できる人」の時間は伸び縮みする>を元に再構成したものです。
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