甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」より

「朝三暮四」の猿はおろかなのか? 「自分の物語」を知ることの大切さ

※甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」2015年4月20日 Vol.098より

このシリーズは注目の若手研究者・福岡要氏と、武術研究家・甲野善紀氏の往復書簡です。バックナンバーはこちらから
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<福岡要氏から甲野善紀氏への手紙>

 

「分を知る」ということの重要さ

甲野善紀先生

お忙しい中、お手紙賜りまして誠に感謝申し上げます。こちらも雪がすっかりと融け、ドーナッツ状のクレバスもなくなりつつあります。ふきのとうは、とっくに「とう」が立ち、春は高々と伸びあがろうとしています。

山形県遊佐町に来てから、早一年が経ちました。あたり一面の自然と田んぼの中で暮らすうちに、子どものころに確かにあった感覚が戻ってきました。札幌、埼玉と都市圏に暮らしていた生活で衰えていましたが、雨が降る「臭い」と「空気の重さ」をまた感じられるようになったことは、自分でも驚いております。あの独特の包み込まれるような細かい水滴のにおいが好きなのですが、先生は雨の降る前のにおい、いかがお感じでしょうか?

さて、今回は先生の仰っていた私の知る動物の例を引きながら、「かしこさ」という問題から初めて、「分を知る」ということの重要さを提案し、「教育」というものに対する私なりの考えをお話しできれば、と存じます。

「かしこさ」とは?

「かしこさ」について、アメリカの友人から聞いて驚いた記憶があるのですが、日本語ですべて「かしこい」と表現できるものを、英語では「smart」「intelligent」「clever」「wise」というように使い分けをするそうです。厳密な意味や使い分けとは違うかもしれませんが、その時に聞いたそれぞれの語感を書くと、こんな感じになります。

「smart」:頭の回転がはやい。算数の問題などに解答をすばやく出すようなイメージ。
「intelligent」:「smart」が“問題‐解答”の対応関係をすぐに出せるような「かしこさ」ならば、それに知識が加わっているイメージ。
「clever」:知恵が回る。悪い意味でも使います。“問題‐解答”を意外な経路でつなぐこと、でしょうか。たとえば、カラスが咥えている肉がほしいキツネが、わざとカラスに鳴かせて肉を落とさせて奪うような「かしこさ」のイメージ。
「wise」:仙人や聖人の「かしこさ」に使う。“問題‐解答”の“解答”を知っているというよりも、“問題”への取り組み方を知っている、というようなイメージ。

現在の日本の教育は、少なくとも私が受けてきた「教育」の大半は、「smart」の意味での「かしこさ」を伸ばすためのものだと思います。「一直線上にならぶ問題と解答をいかにすばやくつなげるか」が大事にされてきました。

ところ変われば、「かしこさ」も変わる。朝三暮四は「おろか」か?

さらに日本語の「かしこい」の中には、きっちりと損得勘定ができることも含まれています。逆に損得勘定がうまくできないという意味の言葉に、「朝三暮四」という言葉があります。「目先の違いにとらわれて、結果が同じになることに気付かないこと」という意味です。「朝三暮四」とは、「朝三つ、暮れに四つ」ということです。中国のサル好きの狙公が飼っているサルに、「これからはトチの実を朝に三つ、暮れに四つやる」と言ったところサルは怒ったが、「では、朝に四つ、暮れに三つやろう」と言い直したところサルは喜んで承知した、という故事がもとになっています。合計すれば七つは変わらないのだから、だまされたサルは「おろか」でしょう。

動物を使った、こんな実験があります。ジェフェリー・スティーブンス(Jeffery R. Stevens)らが行った研究なのですが、マーモセット(Callithrix jacchus)とタマリン(Saguinus oedipus)という二種の新世界猿を用いた実験です。

実験は、二つの引き出しの中から一方を選ばせる形で行われました。一つの引き出しには6粒のエサ、もう一つの引き出しには2粒のエサが入っています。何もなければ当然6粒の引き出しを選ぶに決まっていますが、2粒の方はすぐに開くのに対して、6粒の引出しは、引っ張ると何秒かしないと開かない仕掛けになっているため、「価値」に差が出るため、必ずしも6粒を選ばなくなります。

何回か選ばせることを繰り返し、サルが、6粒のエサの入った引出しをより好んで選ぶと、次のセッションでは6粒の引出しが開くまでの時間を長くします。逆に2粒の引き出しを好んで選んだ場合は、6粒の引出しが開くまでの時間を短くします。この調整によって、[取れるエサの数‐得られるまでの時間]の量を変え、「サルにとって6粒のエサがどれだけ待つ価値のあるエサか」を調べるのです。最終的に6秒のエサが入った引出しと2秒のエサが入った引出しが等しく選ばれる時間を探ります(専門用語で行動滴定といいます)。

結果は、マーモセットでは[6粒‐14.4秒]の条件と[2粒‐0秒]で選択率が等しくつりあい、タマリンの方は[6粒‐7.9秒]の条件と[2粒‐0秒]でつりあいました。すなわち、マーモセットは約「14秒」まで待つことができたのに対し、タマリンは約「8秒」しか待てなかったのです。待てば多くのエサ(2粒から見れば3倍のエサ)をもらえるので、待つことができたマーモセットが「かしこい」という結果です。

しかし、もう一つの実験では「かしこい」サルが変わりました。待たせるのではなく、歩かせた場合(近くに2粒ある条件と遠くに6粒ある条件を選ばせる)です。今度は、2粒のエサが35 cmのところに設置され、6粒のエサの距離を35 cmから245 cmの間で変えていきました。

結果は、6粒のエサを245 cmまで離してもタマリンは6粒の方を9割近く選ぶのに対して、マーモセットは5割ほどしか6粒のエサを選びませんでした。すなわち、マーモセットの方が「動かなかった」のです。ほんの少し(約2 mほど)動けば3倍のエサを得られるのに、動かなかったマーモセットはタマリンよりも「おろか」という結果になったのです。

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