人間にとって最も有効な問いといえば、それは「生」と「死」にまつわるものだろう。
「人はなぜ生きるのか?」
「人はなぜ死ぬのか(死ななければならないのか?)」
というのは、子供でも自然と興味を引かれる非常に強力な問いである。
では、生、あるいは死について、自然と考えさせてくれる本とはどういうものか?
ぼくの場合、それは手塚治虫が描いたマンガ「火の鳥」だった。「火の鳥」の中でも、特に「鳳凰編」だ。
「火の鳥 鳳凰編」には、我王と茜丸いう二人の主人公が出てくる。我王は、生まれてすぐの事故がもとで、片目と片腕を失った。一方茜丸は、その我王に襲われて、片手が不自由になった。そういうふうに、この作品は主人公が二人とも障害を抱えている。そしてこの二人は、ともに仏師として彫刻を彫ることを生きる営みとしている。
ぼくは、この本を小学三年生のときに読んだ。そして、今でも覚えているのだが、それから三日間、同じ夢を見た。それは、「火の鳥 鳳凰編」の中で茜丸が見た夢と同じだった。
茜丸は、あるとき朝廷から「火の鳥」の彫刻を依頼される。その過程で、「輪廻転生」について知る。生きとし生けるものは、死んだら他の時代の他の動物に生まれ変わる——という仏教の考え方だ。そこで茜丸は、火の鳥から「死んだら二度と人間には生まれ変われない」と宣告される。そうして、ミジンコに生まれ変わったりしながらもがき苦しむのだ。
この本を読んだぼくは、茜丸と同じようにもがき苦しんだ。
自分が死んだらどうなるのか?
茜丸のようにミジンコに生まれ変わってしまうのか?
それはあまりにもイヤだった。あまりにも恐ろしかった。それで、自分の死について、三日三晩考え、もがき苦しみ続けたのだ。
その「問い」は、眠っているときまでぼくに襲いかかってきた。夢に出てきたのだ。それで、とうとう音を上げてそれ以上は考えないようにした。それ以上考えると、頭がおかしくなりそうだったからだ。
しかし、その「問い」にうなされ続けた三日間は、ぼくの人生においては最も濃密な時間だったといえるかもしれない。あるいはそれは、ぼくの人生を決定づけた三日間だったともいえよう。
その三日間で、ぼくは「問い」というものの神髄を味わった。そして、それと向かい合うことが、自分の人生の中で大きな意味を持つというのを悟ったのである。
また、その三日間で「問い」というものへの興味を育んでもいた。そうして以降は、新たなる問いを求めて、さまざまな本を渉猟するようになったのだ。
後になって振り返ると、この「火の鳥」という本は、マンガというよりは哲学書だった。そこには、答えが明確ではない「問い」が提示されていて、読者は自然と、それについて考えを巡らせるような仕掛けとなっていた。
その意味で、ぼくを「問い」へと導いたのは「哲学」といえよう。哲学が、ぼくに考えるきっかけや、言葉、さらには教養を身につけるきっかけを与えてくれたのだ。
ところで、ユダヤ人というのは人口の割合にノーベル賞受賞者が多いことで知られている。そして、ノーベル賞がある一定の教養を持っていなければ受賞できないと考えると、ユダヤ人は教養が高い——ということもできる。そのユダヤ人の特徴の一つとして、教育に哲学を用いているということがある。
ユダヤ人は、子供に「タルムード」というユダヤ教にとっての聖典を読ませる中で、そこに提示されているさまざまな問いについて考えさせる。その教育を通して、ユダヤ人は言語を獲得し、教養を積み重ねていくのだ。
この教育法は、禅宗も同じである。禅宗も、師匠が弟子に答えの出ない哲学的な質問——禅問答をし、弟子がそれについて考えることで、教養を育んでいくのだ。
※この記事は岩崎夏海のメールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」からの抜粋です。
岩崎夏海メールマガジン「ハックルベリーに会いに行く」
『毎朝6時、スマホに2000字の「未来予測」が届きます。』 このメルマガは、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(通称『もしドラ』)作者の岩崎夏海が、長年コンテンツ業界で仕事をする中で培った「価値の読み解き方」を駆使し、混沌とした現代をどうとらえればいいのか?――また未来はどうなるのか?――を書き綴っていく社会評論コラムです。
【 料金(税込) 】 864円 / 月
【 発行周期 】 基本的に平日毎日
ご購読・詳細はこちら
http://yakan-hiko.com/huckleberry.html


その他の記事
![]() |
「身の丈」萩生田光一文部科学相の失言が文科行政に問いかけるもの(やまもといちろう) |
![]() |
デトックス視点から魚が現代人の食生活に適しているかどうかを考える(高城剛) |
![]() |
名越先生、ゲームをやりすぎると心に悪影響はありますか?(名越康文) |
![]() |
実態は魑魅魍魎、美味しいと正しいの間に揺れる飲食業界(高城剛) |
![]() |
在韓米軍撤退の見込みで揺れまくる東アジア安全保障と米韓同盟の漂流(やまもといちろう) |
![]() |
「自己表現」は「表現」ではない(岩崎夏海) |
![]() |
世界を息苦しくしているのは「私たち自身」である(茂木健一郎) |
![]() |
アクティブ・ノイズキャンセル・ヘッドフォンと聴力の関係(高城剛) |
![]() |
百田尚樹騒動に見る「言論の自由」が迎えた本当の危機(岩崎夏海) |
![]() |
「一人でできないこと」を補う仕組み–コワーキングスペースが持つ可能性(家入一真) |
![]() |
iPad Proは何をどうしようとしているのか(小寺信良) |
![]() |
アメリカでスクーター・シェアを「見てきた」(西田宗千佳) |
![]() |
ルンバを必要としない我が家でダイソンを導入した話(小寺信良) |
![]() |
時代の雰囲気として自ら線が引けてくれば……(甲野善紀) |
![]() |
中国国家主席・習近平さん国賓来日を巡り、アメリカから猛烈なプレッシャーを受けるの巻(やまもといちろう) |