甲野善紀
@shouseikan

「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 野元浩二氏による寄稿

歴史上もっとも幸運にめぐまれたある駆逐艦の話

「雪風」がくぐり抜けてきた戦い、そして奇跡の数々

なぜなら、先ほども言いやしたが激烈な海戦に参加すること16回、危険な輸送船の護衛や兵員輸送は、数えきれぬ程! しかも、後半は、圧倒的な戦力差の中で戦って、必ず敵に一矢むくいつつ、ほとんど無傷!

しかも、想像を絶する激戦の中、大戦を通じて、死傷者が、10人以下(ほとんどが流れ弾によるもの!)というのは奇跡としか、言いようが、ありやせん。

その一部を書き出しやす!

1、初陣の時、敵戦闘機の機銃掃射が、搭載魚雷に命中したが、
なぜか、誘爆しなかった(誘爆していたら、一瞬で沈没!)

2、第三次ソロモン海戦で、至近弾をくらうが、あと1メートルずれていたら沈没していた

3、多数の艦載機を含む敵の大艦隊に襲われたが、突然スコールの黒雲が、現れ、その中に飛び込んで逃げ延びた

4、雪風の対空砲火が命中した爆撃機が、艦橋をかすめるように墜落してきた。あと何十分の一か、違えば沈没していた

5、先ほども書きやしたが、ダンピールの悲劇と言われたビスマルク海戦の時、のべ3百機以上のスキップボミング攻撃を受けながら海を駆け回り、海上にいた将兵を助けて無傷で戦場を去った!とまあ、ここまでは、今、流行りのレジェンド(伝説)の域だったんすが、ここから先は、レジェンドを越えて神話の世界でがす(全て事実)

6、命中したはずの魚雷が、なぜか艦底を通過(それも一度や二度ではない)

7、沖縄特攻の際、地響きを感じたものの誰一人、気にせず激しい戦闘を続けていた!後で調べたら、上甲板に穴が開いており艦内に不発弾が、あった

8、終戦間近の昭和20年7月30日のアメリカの、数百機に及ぶ呉大空襲の際、ロケット弾が、命中したものの、食料庫で止まり、これまた、なぜか不発

9、その後、機雷に触れ、さすがに、もうおしまい!と覚悟したが、たまたま、その機雷が、回数機雷と言って設定された回数触れないと爆発しない機雷だったため命拾い!しかし「雪風」の後を通った「初霜」は、機雷に触れ、大爆発を起こし一瞬で沈没

10、艦長は、戦争中に人事異動で4代替わったが、いずれも、雪風艦長時代を生涯の誇りに、戦後も健在だった(←さすがに現在は亡くなっておられますが)

他にも、たくさんあるんすが、キリが無いので、これくらいにしときやす!

これが、いかに、物凄いことかを実感してもらうために、

次の章では、あえて不運艦の話をしやしょう!

(続きは甲野善紀メールマガジン2016年4月4日Vol.121<奇跡の駆逐艦「雪風」>その2にてお読みください)

※この記事は甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」バックナンバー2016年3月21日 Vol.120から一部抜粋しています

<野元浩二氏による自己紹介>

甲野善紀先生の随感録やツイッターに、あっしの文が、出てたんで知っとられる方も、おられるかもしれやせんが、はじめまして! 佐世保のアホ野元こと野元浩二っす!

あっしは、昭和35年4月8日に、長崎県佐世保市の山の中の自宅で生まれやした!あっしら以後は、ほとんど、産婦人科で出産するようになったんで最後の産婆さん世代かもしれやせんねえ!もうすぐ、56才になろうっちゅう、弩オッサンなんすが、脳みそは、中学生の時から、あんまし変わってやせん!

あっしの特技はニホンミツバチと少々の会話ができることっす!そいから、趣味はメカいじり(特に乗り物系)と下手の横好きながら武術!苦手なものはヨウカンがダメっすね!(考えただけで胸焼けが、してきた!)

一応、本業(副業?)は郵便局っすが、(局に入った理由は、単にバイクに乗れる仕事だったから!)ほんと、首の皮一枚で繋がっているダメ職員の見本のような奴です!

しかし、甲野先生が、ツイッターで「野元さんが、営業に時間を取られずに、ミツバチの研究や火起こし教室などの活動に集中できるように、野元さんから年賀ハガキやレターパックなどの郵便商品を買いましょう!」と呼び掛けてくださった、お陰で全国から、たくさんの注文が来て営業成績が、ドカーン! と上がったので、首が繋がりやした! 甲野先生! 買っていただいた方々、ほんと、ありがとうございやす!

あっ、ちなみに、あっしから、年賀ハガキとかレターパックとか買うと、あっしの作った無農薬野菜をお付けしやすんで、夜間飛行見た方、よろしく、お願いしや〜す(ピース)! えっ? ここは、営業するとこじゃねえって?こりゃ、失礼しやしたーっ(笑)!

ところで、あっし自身の紹介において、甲野先生は、外せません! 最初、甲野先生を見た時を思い出しやす! あれは、今を去ること13年前の2003年の10月の夜だったっすなあーっ! あっしが、自転車やバイクや車の部品(ガラクタとも言う!)が、山積みになった部屋でバイクの本を見ていたら、嫁さんが、「なんか、古武術って面白かとの、テレビで、ありよるよ!」と呼ぶんで、居間に行ったらNHKの人間講座「古(いにしえ)の武術に学ぶ」ってのが、放送されてやした!

見てみると、なんか、時代劇に出てくるような服を着た人が、抜刀したり、力を入れて構えてる人を崩したり投げたりしてやした! 確かに動きは、滑らかで、蜃気楼か、陽炎のような感じは、したものの、あっしは、嫁さんに「ケッ! こんな、痩せた、おっさんが、強かわけなかやっか(強いわけが、無い)!これは、相手と話を合わせてやっとるとさ!やらせばい! やらせ!」(今、考えりゃ、あっしが、バカだったんすが、こん時は、ほんと、そう思いやした!甲野先生、ごめんなさい!)と一笑に、ふしやした!

しかし、やはり何か気になって、また、放送を見たり本屋で甲野先生の本が、目にとまり、立ち読みしたりしやした! そしたら、昔の達人は、凄かった…伝々! と書いてあるわけです!そりゃあ、あっしだって、ガキの頃から、昔の剣豪は、強かった! とは、思っていやした!なぜなら、昔は、命のやりとりの世界ですから、今のスポーツとは、気迫が、違ったでしょう! しかし、それは、気迫や場数(経験)の違いであって、技術なら現代の方が進化しているはず! とも思いやした!

例えば、水泳は、「フジヤマのトビウオ!」と呼ばれた古橋広之進が、1500メートル自由形で当時の世界記録を20秒近くも縮める、「時計が壊れたのでは、ないか?」とさえ言われた驚異の世界新記録を出しやしたが、今では中学生が、それを上まわる記録を出してやす! これは、古橋広之進の記録が、たいしたことない!と言ってるのでは、無くて、それだけ技術革新が、進んだっちゅうことです!

それに体操だって、昔は、ウルトラCだったのが、今はウルトラEとかFとかの難度ですし、フィギュアスケートだって、昔は、高難度の技が、今は、繋ぎの技っすからね!野球の変化球とかなんとか、ほとんど、あらゆるスポーツで技術が進み、それに付随してトレーニング理論や栄養学も進化してきたわけでがす!

F1はじめ、モトクロスやトライアルなどモータースポーツは、メカの進化するスピードが、人間より遥かに速いため、もっと極端でがす!(←そのためにレギュレーションにより規制がかかるわけっすが!)

だから、何でも「昔は、よかった!」っちゅう懐古趣味的な意見は、どうかいな? ってのが、ありやした!

しかし、心の一番奥底には、古(いにしえ)の達人にロマンや憧れ、う〜ん? なんちゅうか郷愁に似た感情は、ありやしたね! が、やはり現実の世界ではな〜っ!と、他にも自分自身の、いろんな悩みごともあり、なんかスッキリしないまま、日々は、過ぎていったんすが、ある日、何と! 何と! 甲野先生が、佐世保に来る! って話が、伝わってきやした!

あっしは、「よーし!化けの皮を、ひん剥いてやるばい!」と俄然、燃えてきやした!

若い時から、モトクロスやウルトラトライアスロンとかマウンテンバイク競技とかやっていて、40代になっても、体力には、益々、自信が、ありやした!なんか、身体の中に発電所が、あるような感覚かいな!

他の用事は、全て、放り投げて甲野先生の武術講習会に行くことにしやした!

そして当日、初めて直接見る甲野先生は、テレビとは、ちがっていて、まるで日本の城と広葉樹の森の上空に浮かぶ名月のような感じです!只者では、無いのが、わかりやしたが、「うんにゃ!呑まれては、いかん!いかん!」と自分に言い聞かせ講習生の一番真ん前に陣取って食い入るように見てやした!

そしたら、甲野先生が、あっしを指名し「私を拳で突いて見て下さい!」と言われるでは、ありやせんか!

願ったり叶ったり!

あっしは、下手の横好きながら空手もやってたもんで「本気で突いていいんですか?」と聞いたら、甲野先生は、「遠慮せず、思いきり、どうぞ!」と答えられやした!「そりゃ!」と掛け声をかけて全力で突いたところ、バサッと崩され「あれっ?」

なぜか会場の武道館の天井が見えている!

狐につままれたとは、こういう事を言うんでがしょうね!「えっ? えっ? なんで?」と、納得できず、もう一度突きを入れやしたが、同じこと! 今までの人生で最大の不思議な体験でがした(汗)!それからも不思議な技の数々、力で、押さえつけようが、何をしようが、どうしようもありやせん!

脳みそと身体の産業革命でがした!

あっしは、「この世にこんな人間が、いたのか?」と放心状態!それまでも一流のスポーツ選手や格闘家にもあったし、友達にもいたんですが、その人達は、確かに凄いんですが、普通の人の延長線上にいて、言わば、超普通の人だったんすが、甲野先生は、何か別の世界にいる人だ!と感じやした!

ところが、甲野先生は、「みなさんは、私の技に驚いてくれますが、古の達人に比べれば、千分の一!万分の一です!昔の達人が、この建物の天井とすれば、私など、アスファルト道路の点字ブロックの高さぐらいのものです!」と言われるでは、ありやせんか!

それも謙遜では、無くて本心から言っておられるのが、伝わってきやした!現代とは、桁外れの!いや、勝敗をも超えた、全く次元の違う世界が、本当に実在したんだ!あっしは、確信しやした!

なんか瞼が熱くなって涙が、出そうになりやしたが、講習生の人が沢山いて、見られたらカッコ悪いんで、タオルで汗を拭くふりしてごまかしやした!

この時から、あっしの人生は、根底から変わりやした!(もちろん、よい方に!)

最初は、甲野先生を、どこか胡散臭い目で見ていたはずの、あっしの目は、キムタクを見る、あっしのアネゴの目に、なっていたはずでがす!笑(あっしの姉は、キムタクファン)!

そして、講習会が、終わると、後に家族ぐるみの付き合いになる、世話役をやってる地元の整骨院の平田院長と甲野先生から、「講習会の打ち上げに一緒に行きませんか?」との、お誘い!

テレビでは、とても強そうに見えなかった、おっさんから、憧れの武術の先生に、劇的に変わった甲野先生(甲野先生! 失礼を重ね重ね、お許しください!)と一緒に食事が、できるなんて夢のようだと、その日の夜間の予定も放り投げ食事に行きやした!

そこで、ビールを飲んでしまった、あっしは、ただでさえ厚い面の皮が更に厚くなり、調子こいて、甲野先生に面と向かって「甲野先生! もし甲野先生が、全国規模で道場を立ち上げれば、一万人は、集まると思いやすよ! 少なく見積もって千人としても月謝を一人五千円取れば経費を差し引いても月に百万以上の金が入ってくるんじゃあないですか?」と失礼で不躾な質問をしやした!

そしたら、甲野先生の口からは、世間一般の常識からは、考えられない答えが、飛び出しやした!「そのような事をすると、道場生に上下関係が、できてしまい、権威主義が、発生してしまいます! それに道場経営ばかりに執着して純粋に技の探究が、できなくなってしまいます!」と!

痺れちまいやしたね!

それに、おかちゃん(古武術介護の岡田慎一郎先生)も言ってやしたが、甲野先生は、どんな有名人だろうが、子供だろうが、あっしみたいなアホやろうが、同じように接してくれやす! 芯が、ぶれないんすよね! そして、講習会の時とか、引っ込み思案で、ポツンといる人に必ず声をかけられるんすよね! クーッ! カッコよすぎやす!

それからは、甲野先生が、縁で、一生の内に一人か二人しか会えないような人達と、たくさん友達になれやしたし、あっしのライフワークとなった、ミツバチの研究と保護っちゅうテーマや無農薬の炭素循環農法にも出会えやしたし!ほんと、あっしは、甲野先生と出会えてよかった!

逆に言えば、いろいろと私事の事情が、あるんすが、「もし、知り合ってなかったら?」と考えると恐ろしいものが、ありやす(冷や汗)!

なんか、誉めてばかりだと、「お世辞ばかり言いやがって!」と誤解を受けたらいかんので、甲野先生の妙なとこを話すと、(ワハハッ! 上げた後に落とす! 笑)普通の人にゃ理解できねえ、洋服のボタンが嫌いとか、普通の人がツボにハマって笑うところで無表情なのに、「えっ、そこ笑うとこ?」ってとこで一人で大笑いしてるし、いろいろと訳がわからんとこが、あられますなーっ(笑)!

それに、講習会も、ハルさん(甲野先生の息子の甲野陽紀(こうのはるのり)先生)の方が、絶対に丁寧で解りやすいし、身に付くのは、間違いないっすよ(また、また、また、甲野先生すんません!)!

ありゃ、なんか自己紹介じゃなくて甲野先生の説明になっちまいやしたね(笑)! まだまだ話せば百万字でも足りねえんすが…

あっ、そう言やあ、なんで、あっしの文が、夜間飛行に載ることになったかの話をしなけりゃいけやせんな!甲野先生は、縁があったときから、ほんと、どこの馬の骨ともわからんような、あっしの、しょーもねえ話を真摯に聞いてくれなさるし、読んでくれなさる!

そいやもんで、こん前、ある奇跡の軍艦の話をメカや武術の話も混じえてメールしたら、甲野先生にウケちまったみたいで、その話が、女性ライターの平尾文(ひらおあや)さん(平尾さんは、甲野先生の著書、「できない理由は、その頑張りと努力にあった」(PHP研究所)の聞き手をやっとられやすが、一見シンプルな応対なんすが、いやはや、語り手の心の中どころか、その語り手自身さえも気づいてないところまで本人から引き出す才能は、天才的なもんが、ありやすね! えっ? 誉めすぎって? いやマジでマジで!

この「できない理由は、その頑張りと努力にあった」を読みゃあ、わかりやすよ! 百聞は一見にしかずっす!)と、メールマガジンの株式会社、夜間飛行の井之上達矢社長の目にとまり、どういうわけか、連載されることになっちまいやした!夜間飛行っちゅうたら、甲野先生に名越先生に内田樹先生はじめモリッチや(若き数学者の森田真生氏)たぐっちゃん(思想家と言っていい深さを持つ田口慎也氏!)などのそうそうたる人物が、揃っていて、恐縮どころか、ビビりやすが、まあ、読んでみてください!

アホ野元!

甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」

2016年3月21日 Vol.120
今週の目次

00 <好評発売中>新作DVD『甲野善紀 技と術理2015―重心側から動く』
01 稽古録<細ザイルを補助に使った動きに驚く間もなく、また新たな動きへの展
開の予兆が…>
02 松聲館日乗<『運命との向き合い方』執筆に向けて>
03 野元浩二氏寄稿<奇跡の駆逐艦「雪風」>その1
04 風向問答
05 活動予定

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DVD『甲野善紀 技と術理2015――重心側から動く』好評発売中!

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重心側でも動ける、ではなく
重心側だから動けるのだ−−

常識を疑い続けることが
新たな技の境地を開く!

武術研究家・甲野善紀の最新の技と術理を追う人気シリーズ「甲野善紀 技と術理」の最新DVD『甲野善紀 技と術理2015――重心側から動く』。前作をさらに上回る迫力でお届けする甲野善紀の技と術理の世界をお楽しみください。

目次
1.甲野善紀の技
2.術理解説
高速で行う謙譲の美徳
・体当たり
・払えない手
・正面の対応
・切り落とし
・上下方向の謙譲の美徳
・霞抜き
・影抜き
・切り結び
・下段から裏交差への発剣
・槍のハネ払い

重心側から動く
・足技
・太刀奪り
・肘固め
・タックルを切る
・小手返し

内在化する術理と稽古法
・辰巳返し
・左右別人
・旋段の手
・火柱
・視覚情報入力遮断
・屏風座り
・人間鞠
・浮きをかける稽古法

3.【語り】自分が納得できる独自の生き方を

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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甲野善紀のメールマガジン
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[料金(税込)] 540円(税込)/ 月
[発行周期] 月2回発行(第1,第3月曜日配信予定)

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