甲野善紀
@shouseikan

「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 野元浩二氏による寄稿

歴史上もっとも幸運にめぐまれたある駆逐艦の話

歴史上もっともラッキーな駆逐艦

海軍新聞記者であり作家の(故)伊藤正徳氏は、著書で、このように書いておられやす。

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……世界各国の軍艦の歴史、その数幾万、その中で一番、運の好い軍艦は、日本の駆逐艦「雪風」である。というのが、私が戦史を調査中に発見した栄光の結論である!……

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「雪風」は、危ない戦場から遠ざかって温存されてたんじゃなく、太平洋戦争の主要なる作戦のほとんど全部に参加し常に激烈な第一線に戦って生き残っているのでがす!

まず日米開戦の昭和16年12月8日にパラオ基地を出撃してフィリピンのレガスピーを急襲したのをはじめとして、

・オランダ、インド攻略作戦!

・セレベス島上陸作戦!

・アンバン島上陸作戦!

・スラバヤ沖海戦(「雪風」は、僚艦と共に敵巡洋艦2隻他を撃沈!

・ジャワ近海の潜水艦掃討作戦(「雪風」は、敵潜水艦1隻を撃沈!

・天下分け目のミッドウェー海戦!

・南太平洋海戦!

・第三次ソロモン海戦(「雪風」は、敵駆逐艦1隻を撃沈)!

・ガダルカナル攻防戦!

補給を断たれた日本兵は、3万2千人中2万人が戦死、実際は、そのうち1万5千人が、餓死、または病死。餓島と呼ばれた。この中、「雪風」は、敵巡洋艦リーンダーを大破(修理するのに1年以上かかってやす。これでは、撃沈されたのと五十歩百歩)また僚艦とともに敵のレーダーや偵察機をかいくぐり、命がけで3度にわたる撤収作戦を行い、1万3千人の将兵の奇跡的救出に成功。
(あっしの母の兄は、ガダルカナルでは、ないのですが、南方戦線から生還して、家族にも話したことのないって戦場の話をあっしにだけは、語ってくれやしたが、発狂した戦友が、自分の身体の一部を切り取って喰った話とか、凄惨すぎて生き地獄としか言いようがありやせん。勇ましい話が、続きやすが、つくづく、戦争は、いかんと思いやす)


・ビスマルク海戦!

アメリカは、爆弾を水切り石のように水面にバウンドさせる、スキップボミング(反跳爆撃)という新戦術を使い、日本の輸送船団を全滅させ、護衛していた駆逐艦もほとんどが沈没。武術的に言うと通常の爆弾攻撃は、点でがすが、この攻撃は、線のため、命中率が、格段に向上してやす。ダンピールの悲劇とも呼ばれてやす! しかし、この地獄の中でも、「雪風」だけは、無傷で、海上で救出した将兵と自分自身に乗せていた陸運将兵一個大隊を無事送り届けることに成功してやす。


・コロンバンガラ沖海戦!

1:2という劣勢ながら、「雪風」は、軽巡洋艦ホノルルとセントルイスを大破スクラップに。駆逐艦グインを撃沈、更に1200名の陸運将兵の揚陸に成功。


・レイテ沖海戦!

この史上最大の海戦は、日本の徹底的な負け戦でしたが、「雪風」は、敵空母1隻に損傷を与え、駆逐艦ジョンストンを撃沈。

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戦艦大和と沖縄特攻の天一号作戦まで、主な作戦、海戦16回に及び、小戦闘や輸送船護衛から兵員輸送まで入れると数えきれぬほどで、まさに、鬼神をもひしぐ強さを発揮し、3年9ヵ月を戦い抜いてやす。

開戦時、海軍には、特型、甲型と呼んだ一等駆逐艦が、82隻ありやしたが、激烈な消耗戦に、その全部が沈んで「雪風」ただ1隻だけが、無傷で生き残りやした。

まさに奇跡です!

第一次世界大戦時、アメリカの駆逐艦スミス号は、大西洋と地中海で船団護衛に従事し、ドイツ潜水艦と戦うこと幾十回、作戦行動航程距離3万2千マイル(1マイル→1852メートル)を、無傷で凱旋してから世界的好運艦として有名になりやした。が、わが「雪風」は桁が違いやす。

作戦の年数も長いっすが、その作戦行程に至っては、実に12万4千8百マイルに達してやす。

ヒェーッ! 地球を約6周分(汗)!

それも、いつ、敵の飛行機や潜水艦から攻撃されるか、わからない最高度の緊張感の中、あっしに言わせりゃ平和時の船の地球6百周分どころじゃねえと思いやすよ。

有名なアメリカ空母「エンタープライズ」と
比較しても、幸運度はやはり「雪風」のほうが上

そいから、よく「雪風」と比較される幸運艦として、アメリカの空母(航空母艦の略)「エンタープライズ」(全長247メートル、1万9千8百トン、乗組員2千2百人)が、ひきあいに出されやす。

エンタープライズは数々の海戦に参加し、姉妹艦のヨークタウン、ホーネットが、撃沈され、太平洋上に、ただ1隻のアメリカの空母となった時もありやしたし、日本海軍の攻撃で何度もズタズタになりやすが、その都度、不死鳥のように蘇り、ミッドウェー海戦をはじめとして、戦局を左右する作戦で大活躍をしてやす。

そして、なんとトータルで日本海軍の艦船71隻撃沈、航空機931機を墜とすという、第二次世界大戦中最高のスコアをあげていやす(日本からしたら悪魔ですが)。

しかし、わが空母「瑞鶴(ずいかく)」もエンタープライズには、敵わぬものの、敵艦船30数隻を撃沈し、航空機3百機以上を撃破していやすし、(単に撃沈数なら第一次世界大戦時、ドイツ海軍の潜水艦Uボートのロタール艦長は、輸送船が主とはいえ、194隻撃沈という史上最高の驚異的なレコード(記録)を持っていやす)

エンタープライズは、活躍した反面、日本海軍の攻撃で多くの損傷を被り、数百人に及ぶ死傷者を出しています。最後は、特攻機の直撃を受け、修理不能なほど損傷しやした。(後に修復されやしたが、その時は、次世代の空母が出来ていたし終戦となりやした)

戦後は、多くのアメリカ軍人の「武勲の記念艦として残してくれ」の声をよそに、このアメリカのフロンティアスピリットの象徴ともいうべき空母は、スクラップになってやす。(あっ、原子力空母のエンタープライズは、この名を受け継いで名前をつけてんすよ)

ほんと、敵ながら、あっぱれ!

しかし、雪風は、このエンタープライズさえも、遥かに越えてやす!

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甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

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