俯瞰した海に漂う死生観
――妹から預かった文鳥のピッちゃんを放つシーンは響子の心象を表しているように見えました。
矢崎 かごに入っている鳥と、これからバスに乗って好きな人に会いに行くという、革命と恋、そこに何かきっかけを作りたいと思って。血のついたブラウスを切って、鳥を放す。
そして空っぽの鳥かごを響子の部屋にずっと置きたかった。それが何かを意味するとかではなく、一枚の画を作るときに、置きたいなと思うものがあるんです。あの時代を描く中で、何かが壊れていくことを繰り返し見せていきたいという思いがあった。家族が壊れていく、友人が壊れていく、そういうことの中のひとつに、鳥がいなくなった空っぽの鳥かごという直感がありました。
――家族の描写も、父と響子、叔母と響子の関係性が凝縮して描かれていると思います。ホームで電車を待つシーンは、立ち位置や距離感に関係性が表れていて印象的でした。
写真 「無伴奏」光石研、斉藤とも子、海音、成海璃子、藤田朋子
c2015「無伴奏」製作委員会
矢崎 これは俳優さんが、がんばってくれました。僕は、「電車を待っているんじゃなくて、死を待っています」ということだけ言った。「何かを待っています。でも電車じゃないです。死かも知れません」そんなようなことしか言っていない。
――だからこの表情なのですね。別れでもなく、どこか別世界を見つめているような。
矢崎 生きているというのはそういうことなのかなと、代わりに何かを待つということを繰り返しますが、突き詰めると死を待っている、そう見えるといいなと。演出しないのに、珍しく、無駄話でそんなことを言いました。
――響子、渉、祐之介、エマの4人が水死体のように海を漂うシーンは、死生観が描かれていて、非常に印象深いです。
矢崎 普通モノローグは画にしないんですけど、どうしても画で観たかった。実際の海で俯瞰して撮れるところがなかなかなくて、群馬県桐生市のカリビアンビーチで、波の出る温水プールの天井からカメラで撮らせてもらいました。あんなに波の強さをコントロールできる温水プールでも夜明けまでかかりました。斎藤さんは午前3時に出なきゃいけなかったのに、ちょっとオーバーしてしまって。
写真 「無伴奏」海での成海璃子、池松壮亮、斎藤工、遠藤新菜
c2015「無伴奏」製作委員会
――本作では、池松さんはかなり体当たりで挑まれていて、大変だったのではないでしょうか?
矢崎 池松さんには本当に助けてもらいました。僕がまっしぐらになってしまうところを、むしろ監督の目で作品を見てくれているような。ポール・ニューマンが、あるインタビューで役をどう演じるかという質問に対して、「演じるときは監督のように考えて、監督するときは俳優のように」と言っていたのですが、池松さんはまさにそう。池松さんも斎藤さんもご自分で監督なさっているから、そういうところはよく分かるというか。一緒に映画を作っている感じでしたね。本当に助けられました。
――映画などの物語でよくあるのが、「また今度みんなで海に行こう」と約束しても、大抵が行かずに、あの日一回だけの夏でしたと思い出になってしまう展開。でも再び4人で行くのがちょっと意外でした。二度目の海が俯瞰した不思議な画で、最後は渉が海から電話をかける。いきなり海が出てくるよりも、最初の海が伏線となっていきてくるような。
矢崎 無伴奏や茶室など、室内が多いので四季の変化に関しては突き抜けたいと思い、最初の海はどうしても撮りたかった。一枚の画として見せたかったので、いくら寒くても撮りたかったんです。最後の電話ボックスのシーンは、真っ暗いうちからセッティングして、夜が明けてくるギリギリのところでカメラを回すので、ワンチャンスしかなかったけど、池松さんはすごい俳優ですね。本当に奇跡みたいでした。
――まさに映画の神様が味方をしてくださったんですね。
矢崎 そうですね、本当に。そのあと、風でスケッチブックがめくれるシーンは、映画の神様が邪魔をしていて、池松さんが味方をしてくれました(笑)。扇風機や実際の風で何度も撮影したのですが、見せたいページで止まらない。すると池松さんが「これ、僕がめくっちゃダメですか?」と提案してくれて。あぁ、その考えがあったのかと。それで1ページ1ページをめくっていき、最後に自画像を砂で埋めました。
――池松さんから咄嗟に出た名案だったんですね!
矢崎 そうです。本当にいろんなことを助けてもらって、生まれた映画です。
――斎藤工さんが演じた祐之介は非常に難しい役だと思います。原作では響子と話すシーンも数回しか出てこないので、それを映画で増やすと原作のニュアンスと違ってくる。細かい小さなところで、ある意味、一番背負っている役なのではないかと。
矢崎 斎藤さんにお会いしたときに、彼の雰囲気を見て、もう祐之介だなと思いました。今の斎藤さんを映したいと。映画では、原作にない少し難しいセリフを足しています。最初は本人も言いづらいという感じがあったと思いますが、僕は、斎藤さんならどう言うだろうと楽しみにしてました。実際、途中で相談を受けることもなく、当日現場入りしました。あぁ、言えた、すごいな、斎藤さんすごいと思いました。素晴らしかった。
――それは、どのセリフですか?
矢崎 さぁ、どれでしょう(笑)。原作にないセリフはいくつか言ってもらっています。茶室もそうですし、リンゴのシーンもそうです。彼は、すごいですね。安心して見ていました。
――エマ役の遠藤新菜さんは、矢崎監督のワークショップをきっかけに抜擢されたそうですが、遠藤さんのどんなところに惹かれたのですか?
矢崎 彼女は特別な何かを持っていて、僕が惹かれているのは彼女の暗部だと思います。心の中の闇。実際の遠藤さんに闇があるとかじゃなくて、僕が彼女のなかに闇を感じるんです。だから外に出すときに明るくなる。エマにぴったりだなと。
――大胆な演技を体当たりで挑まれて。
矢崎 長い髪をセシルカットにばっさりと切られて撮影現場に現れたときは、まさにエマという感じでしたね。長い時間、雪の中で何テイクも撮って、移動撮影と雪降らしのタイミングもあって大変だったのを、よく辛抱してくれました。本当にがんばってくれました。
写真 「無伴奏」遠藤新菜、成海璃子 c2015「無伴奏」製作委員会
ずっと見ていたいくらい、狭い茶室は愛で満たされていた
――渉と出会い、愛と性の悦びを知り、少女から大人へと変化していく響子の表情が美しく、目が離せなかったです。現場では体位の発表があって笑いが起きたそうですが。
矢崎 SEXのシーンははっきり言ってあげないとダメなので、「本日の体位は……」と発表していました(笑)。原作も性の悦びまで描いているので、それをしっかり描かないと僕が立ち会った意味がない。だから、すごく幸せな場所に立っていました。二人は大変だったと思いますが、いっぱい撮らせてもらいました。
――本作を通して、俳優さんたちに対してどんな印象をお持ちですか?
矢崎 本当にラッキーに素晴らしい人たちに出会えたなっていうのが正直な気持ちですね。エンドクレジットのひとりひとりの名前に「ありがとう」と。本当にみんないい顔したなあって。
――特にどんな世代の人に『無伴奏』を観ていただきたいですか?
矢崎 この時代を生きた人たちが観てくださって、当時の風を思い出してもらえたら嬉しいですし、主人公と同じ年齢の高校生や大学生たちにも、いつの時代も変わらない反抗心や愛について感じてもらえたら嬉しいです。仙台でエキストラに来てくれた高校生も、特別試写で観て感動してくれて、この時代のことを遠い昔のように思わないでちゃんと自分のこととして感じてもらえているんだなと分かり、嬉しかったです。特に若い人に見て欲しかったから、春休みに封切れて良かったです。
――これから『無伴奏』をご覧になる方へメッセージをお願いします。
矢崎 僕は、こう観て欲しいとか、こう感じて欲しいといったテーマというのが一切ないんです。僕の映画は暗闇でいっぱい感じて欲しいと思っているだけなんで、感じてもらえたら幸せです。物語を理解しに来るよりは、僕の大好きな人たちに会いに来て欲しい。変化するときは美しい、成海さんのこんなに美しい瞬間に、僕が立ち会えたことが本当に嬉しいので、みなさんにも、人が変わるときの美しさを見て欲しいなと思います。
――最後に、今後の新作のご予定を教えてください。
矢崎 まだ詳細は発表できませんが、多作の時期が来たと思っていて、表現者には絶対にそういう時期が来ると思っているので、きちんと向き合っていきたい。映画を作るというのは、出会った人たちと一緒に旅にでることだと思います。僕は本当にラッキーで良い人たちと出会えている。これからも撮りたいし、出会いたいです。
――新作も楽しみにしています。本日は、ありがとうございました。
※以上の原稿はメルマガ「映画の友よ」第51号に掲載されたものから、ネタバレ部分などをカットした再編集版です。衝撃のラストを実際の撮影で目の当たりにした時の監督の思いを含む、完全版原稿に興味のある方は、ぜひメルマガの方もお読みくだされば幸いです。
『無伴奏』公開中
公式サイトhttp://mubanso.com/
<筆者プロフィール>
出澤 由美子(でざわ ゆみこ)
東京生まれ。編集者、ライター。IT、マーケティング業界を経て活字の世界へ。インタビュー・対談を通して、モノをつくる人、演じる人、歌う人など、「人」の思いを伝える記事を執筆・編集。ビジネス書、キャラクターブック『ねこあつめ日和』『ねこづくし百景』(KADOKAWA)の他、野望を持った人を取材するフリーペーパー『YABO』を制作。
切通理作のメールマガジン「映画の友よ」
「新しい日本映画を全部見ます」。一週間以上の期間、昼から夜まで公開が予定されている実写の劇映画はすべて見て、批評します。アニメやドキュメンタリー、レイトショーで上映される作品なども「これは」と思ったら見に行きます。キネマ旬報ベストテン、映画秘宝ベストテン、日本映画プロフェッショナル大賞の現役審査員であり、過去には映画芸術ベストテン、毎日コンクールドキュメンタリー部門、大藤信郎賞(アニメ映画)、サンダンス映画祭アジア部門日本選考、東京財団アニメ批評コンテスト等で審査員を務めてきた筆者が、日々追いかける映画について本音で配信。基準のよくわからない星取り表などではなく、その映画が何を求める人に必要とされているかを明快に示します。「この映画に関わった人と会いたい」「この人と映画の話をしたい!」と思ったら、無鉄砲に出かけていきます。普段から特撮やピンク映画の連載を持ち、趣味としても大好きなので、古今東西の特撮映画の醍醐味をひもとく連載『特撮黙示録1954-2014』や、クールな美女子に会いに行っちゃう『セクシー・ダイナマイト』等の記事も強引に展開させていきます。
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