やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

安倍三選と野党支持低迷時代の思考法



 自民党総裁選を控え、安倍晋三総理が総裁三選を確実なものにする一方、枝野幸男さん率いる立憲民主党も支持が低迷、野党全部合わせても20%にも満たない政党支持率に落ち込むという非常に退廃とした政治環境に陥っているのは何故なのでしょうか。

 もちろん、退廃と言っても安倍総理に変わる存在が野党どころか与党内にも見当たらないというだけであって、政権支持率も経済指標もインジケーターとしてはそう悪くない状態にあるのは安倍支持者にとっては喜ばしいことです。実際、株価もまずまず良し、若者の就職にかかる状態も良く、外交面でも国内景気も落ち着いている状況で長らく安倍晋三さんが政権を守れる状況にあるというのは、それだけ安定しているということです。政権の安定こそ世の中の平安に資するのは、国民が心穏やかに生きていける平和な時代を作った、という点で、安倍晋三さんは評価されて然るべき戦後最良の宰相の一人だ、ということになりましょうか。

 反安倍の人たちの失望も分かります。まあ、私も安倍政権を支持しているのかと言われるとNOなわけですが、では安倍さんを降ろしたところで他に代わるべき大した人がいない、というのも事実です。野党の人たちが盲目的に特定政党の人たちを推すほどには、日本の舵取りを総合的にできるとはとても思えないのもまた国民感情として自然なことです。

 一方で、安倍政権が長くなることで、安倍政権の至らなさがいろんなところでクローズアップされ、とりわけ消費税率の引き上げで絶対的に悪手である軽減税率が議論として温存されるとか、東京五輪のすったもんだとか、サマータイムだのブロッキングだの、明らかに長期政権であるが故の「弛み」が是正されずそのまま進んでいってしまっているあたりに、安倍政権が何らかの形で崩壊した後に手遅れとなるような問題に発展しないといいなと思うわけであります。

 各種調査で見ていても、首相としての期待度の高かった石破茂さんも小泉進次郎さんも国民の声望を保つことができず、本当の意味で安倍一強となり、禅譲待ちだった岸田文雄さんも期待が剥げ落ち、もうラストマンスタンディングとでもいうがごとき我が国の政治的状況は悲惨です。選択肢が用意されないことの恐ろしさをもう少し噛み締めるべきだと思うのですが、本当に期待できそうな政治家がいないというのは日本の政治の不毛の象徴だろうとも感じます。

 で、似たような状況は政治に限らず経済でも文化でもあります。昔はゴロゴロといて輝いていた大物経営者は数えるほどしかいなくなり、小粒な砂利のような状態になっているとも言えますし、この人にならついていけるというような指導者が見当たらないのは社会に閉塞感を生みます。残念なことに、どうもいまはその端境期にあるというか、真空地帯にあるような、無重力でふわふわとした世界観にあるような気がします。

 それもこれも、私はこの国や社会をどこの方向に向かわせたいと思っているのかというブループリントの不在、青写真のなさ、ナショナルアイデアの乏しさにあると考えています。どっちの方向に向かっているのか分からないから、アベノミクスのような、もうこれ以上上積みは無さそうな方針でも批判はすれども代替案がないのです。リベラル勢力を結集しようといっても、では経済政策は、財政は、社会保障改革は、教育育児の問題は、といった、大きなピクチャーの描けないまま各論で反対だと言っても安倍晋三さんを変えてでもこの人に任せようという動きにならないのも当然と言えます。

 今回の総裁選で、石破茂さんが政策集を出していますが、安倍さんにとって代わろうという立場の人がこれでは…… という風にも思いますし、さんざん議論してきた中でも煮え切らなさを感じます。この人は本当にここまでの人なんだろうか、と今の段階で思わせるようでは、担いでいこうという機運も生まれないでしょう。

 同様に、いまや与党と野党の関係で言えば、どの調査を見ても保守革新という軸でもなければ、もはや自民、反自民という代物でもない、もう安倍支持か反安倍かが一番相関の高いパラメータになっているわけです。別に主義主張として安倍イズムが明文化されているわけでもないのに、一大思想として戦後安倍思想みたいなものが国民の間で漠然とした認識を持ち、安倍さんを支持するかどうかで政治的胎動のほとんどが説明できてしまうのです。

 これでいいのだろうか? 仕方ないんです、代替案がないんですから。国家や社会をどうしようという大きな枠組みも提案されない、オルタナティブは存在しないも同然です。対抗政策の不在は、そのまま日本において安倍政権でいけるところまでいくという、消極的支持を生み、閉塞感を抱きつつもまだまだ2年3年やっていくのも仕方ないという状況に陥るのかもしれません。

 安倍政権に国民の望みが託せるのかと言われれば、大賛成だという人はほとんどいないでしょうが、産業界も若い人も「とりあえず安倍さんに任せれば喰っていける」と考えているわけです。生産性が上がらなくとも、国際競争力はどんどん低下し、隣の中国からの圧力をもろに受ける今後があったとしても、それを跳ね返す国力を作る仕組みを模索することが果たして安倍三選で可能になるのでしょうか。

 あるいは、米中対立という新たな冷戦の下で起きる国際新秩序で日本の在り方を再定義できるかどうかが肝なのかもしれませんが、まずは黙ってみている以外に国民の選択肢は無いのでしょうか。

 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.236 安倍三選に思うこと、そして秩序なき拡大を遂げる無法地帯な仮想通貨界隈の近況や巨大プラットフォーマーがやらかすデータ収集に触れてみる回
2018年8月31日発行号 目次
187A8796sm

【0. 序文】安倍三選と野党支持低迷時代の思考法
【1. インシデント1】コインチェック社被害者裁判の衝撃と金融
【2. インシデント2】巨大プラットフォーマーによるデータ収集はどこまでが許容範囲なのか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」のご購読はこちらから

やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

その他の記事

日本でも騒がれるNPOとマネーロンダリングの話(やまもといちろう)
IT野郎が考える「節電」(小寺信良)
ウクライナ情勢と呼応する「キューバ危機」再来の不安(高城剛)
津田大介×高城剛対談「アフター・インターネット」――ビットコイン、VR、EU、日本核武装はどうなるか?(夜間飛行編集部)
古市憲寿さんの「牛丼福祉論」は意外に深いテーマではないか(やまもといちろう)
資本主義の「貪欲さ」から逃げるように拡散するエッジ・ブルックリンの本当の魅力(高城剛)
「コンテンツで町おこし」のハードル(小寺信良)
「不思議の国」キューバの新型コロナワクチン事情(高城剛)
新宿が「世界一の屋内都市」になれない理由(高城剛)
メダルの数より大切なことがある ――有森裕子が語る2020年に向けた取り組み(宇野常寛)
トランスフォーマー:ロストエイジを生き延びた、日本ものづくりを継ぐ者 ――デザイナー・大西裕弥インタビュー(宇野常寛)
「英語フィーリング」を鍛えよう! 教養の体幹を鍛える英語トレーニング(茂木健一郎)
名称だけのオーガニック食材があふれる不思議(高城剛)
AlphaGoから考える「人とAIの関係」(西田宗千佳)
いつか著作権を廃止にしないといけない日がくる(紀里谷和明)
やまもといちろうのメールマガジン
「人間迷路」

[料金(税込)] 770円(税込)/ 月
[発行周期] 月4回前後+号外

ページのトップへ