甲野善紀
@shouseikan

「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」

「狭霧の彼方に」特別編 その3

念仏を「聞く」

「易行」と「難信」について伺った後、私は親鸞の「念仏」に対する考えについて、更に伺ってみたいと思いました。そこで、私がずっと考えていた「ただ信じる」ということ、つまり「念仏=信」「念仏を称えることが信じることである」ということ、あるいは、「念仏」という「行為」に「信じる」を「預ける」ということを、親鸞聖人は実際に仰っているのですか、と伺ったのです。

すると、釈先生から、次のようなお答えが返ってきました。

「念仏に対する考え方で、法然さんと親鸞さんのあいだで決定的に違うところがあります。法然さんは、念仏を「称名」(しょうみょう)と呼ばれます。つまり、念仏を「称える」ことが大切であるということです。それに対して、親鸞さんは念仏を「聞名」(もんみょう)と呼ばれる。自分がお称えした念仏を「聞く」とき、自分が称えた念仏の音が「聞こえる」とき、そこに阿弥陀如来のはからいを見るんです。」

この瞬間、身体の一番深いところが、慄えました。

念仏を「称える」ではなく、念仏を「聞く」、念仏が「聞こえる」ということ。その「響き」に「信じる」が顕れるということ。称えるのは「私の声」でありながら、その声を「聞く」とき、「私の声」が、手元を離れ、「響き」として「聞こえる」とき、「向こう側からの呼び掛け」が立ち顕れ、「私」に「信」が「到来する」ということ。

浄土真宗教学にお詳しい方にとっては常識で、何を今更と思われるような話なのだと思います。しかし、私はこのお話を伺ったとき、誇張ではなく、自分の中心が慄え、同時に自分の周りにあった壁が、粉々になるような感覚を覚えました。

「私が称える」のではなく、阿弥陀如来によって「称えさせられる」。「称えた私」に「結果として」気づく。その受動性においてこそ、「信」が炸裂する。

これまでの私は、どれだけ切実に考え、必死に書いているつもりでも、「私が」という「能動的な地点」にしがみつき、そこから離れることができないまま、「信じる」について考えてくることしかできなかったということを、思い知った瞬間でもありました。

あの瞬間は、生涯、忘れることはないと思います。

釈先生、お忙しいなか、最後まで私の話に耳を傾けてくださり、ありがとうございました。このようなご縁をいただけて、私は本当に、幸いでした。

まだ沢山質問させていただきたいことがあるような、もう一生かけても消化し切れないお話を伺ったような、とても不思議な気持ちがいたします。

あらためて釈先生、及びに、このようなご縁を結んでいただいた甲野先生の御二方に、御礼申し上げます。

ありがとうございました。

田口慎也
 


<田口慎也氏プロフィール>
1984年生まれ。長野県出身。14歳で強迫性障害を発症後、不安や恐怖について、病や死について考えるようになる。20代前半の頃に、甲野善紀氏の「矛盾を矛盾のまま矛盾なく扱う」という言葉に出会い、甲野氏の活動に関心を持つ。


 
メールマガジンのご購読はこちら
http://yakan-hiko.com/kono.html
kono

1 2 3 4 5
甲野善紀
こうの・よしのり 1949年東京生まれ。武術研究家。武術を通じて「人間にとっての自然」を探求しようと、78年に松聲館道場を起こし、技と術理を研究。99年頃からは武術に限らず、さまざまなスポーツへの応用に成果を得る。介護や楽器演奏、教育などの分野からの関心も高い。著書『剣の精神誌』『古武術からの発想』、共著『身体から革命を起こす』など多数。

その他の記事

伊達政宗が「食べられる庭」として築いた「杜の都」(高城剛)
歴史に見られる不思議なサイクル(高城剛)
統計学は万能ではない–ユングが抱えた<臨床医>としての葛藤(鏡リュウジ)
暗転の脱炭素、しかしそこに政府方針グリーン投資10年150兆の近謀浅慮?(やまもといちろう)
辻元清美女史とリベラルの復権その他で対談をしたんですが、話が噛み合いませんでした(やまもといちろう)
(4)視野を広げる(山中教子)
川端裕人×オランウータン研究者・久世濃子さん<ヒトに近くて遠い生き物、「オランウータン」を追いかけて >第1回(川端裕人)
マイナス50キロを実現するためのホップ・ステップ・ジャンプ(本田雅一)
ネットニュース界隈が公正取引委員会の槍玉に上がっていること(やまもといちろう)
(3)プレッシャーの受け止め方(山中教子)
誰かのために献身的になる、ということ(高城剛)
「自由に生きる」ためのたったひとつの条件(岩崎夏海)
もし朝日新聞社が年俸制で記者がばんばん転職する会社だったら(城繁幸)
ガースーVS百合子、非常事態宣言を巡る争い(やまもといちろう)
「死にたい」と思ったときに聴きたいジャズアルバム(福島剛)
甲野善紀のメールマガジン
「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」

[料金(税込)] 550円(税込)/ 月
[発行周期] 月1回発行(第3月曜日配信予定)

ページのトップへ