やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

G20直前で思うこと


 というわけで、大坂でG20が今日28日、29日と二日間行われます。それに先だって行われた日中首脳会議は、見ている私たちが唖然とするほど穏便に、かつ平和に終わり、また懸案について参席していることの大多数はおそらく何も語られないという、先日のトランプさん訪日慰安旅行よりも微妙な内容だったためにびっくりしています。

 もちろん、日本としては公式には中国に対して六四天安門事件の30年目という節目でもさしたる大きな注文を付けず、同時並行で行われた香港での「逃亡犯条例」を巡る大規模デモに対してすら河野太郎さんが外相として事態を注視する系の大人しい声明を発表するに留まりました。民主主義国としてこんなことでいいのか、と思う部分も多々あります。

 また、昨今の米中貿易摩擦からの米中対立、その先鋭化した問題として出ているファーウェイ社のあれこれについては、日本のマスコミも政府系委員からも、どちらかと言えば「アメリカのファーウェイ制裁に意味はない」という発信が多く見られ、その中には明らかにファーウェイ社からの何らかのお土産を貰っている人たちが含まれているのは興味深い部分です。さすがに総務省も馬鹿の集まりではないので事態にはとっくに気づいているわけですが、泳がせたところで日本にはスパイ防止法のような明確な法律があるわけでもないため、そのうちそっと政府委員に呼ばれなくなるレベルの話ぐらいしかないんですよね。

 そのぐらい、日本とイギリスはアメリカの同盟国ラインにおいて「弱い輪」であると見られているのだと思います。日本は情報工作に対する対策の弱さ、イギリスはブレグジットを挟んでどんどん貧しくなるなかで中国との関係を切れないという問題ということで、おのおの別の課題を抱えているのでしょうが、アメリカ当局としては対ファーウェイ社は単に米中対立を捌くための駒の一つではなく、ZTE社の司法取引で出てきた大量の証拠がオバマ政権時代に確保され、アメリカの競争優位をもたらしてきた知財戦略に対する核心的な浸透工作を中国が続けてきたことに対するハレーションなので、いまの通信業界がどうだとか、誰にとって困るとかという次元の話ではないのです。

 俗に英仏のりんご戦争と言われるものは、この類の問題の比喩として最適なのでしょうが、つまりは安い値段でフランスがりんごを輸出し、イギリスがリンゴ農家を保護しなかったので壊滅した後、フランスがりんごを値上げするという貿易戦争のことを言います。もちろん、保護貿易の必要性を言うのではなく、純粋にそういう手を打たれたときに何もしないほうが馬鹿だ、という話になるわけです。

 しかるに、ファーウェイ社が通信事業での競争優位を持ち、基地局から端末、ソフトウェアやチップセットにいたるまで独自の技術を持っている状態は昨日今日の話ではないもののそれまで優位にあったはずのNECや富士通はおろかNOKIA、シーメンスといったところも凌駕し、クアルコムやアップルにまで比肩するところまで成長した理由は何なのか、胸に手を当ててよく考えなければなりません。これは国家的な競争戦略とそれを支える産業・社会基盤の問題であって、ただ単純に通信網にファーウェイ社の基地局があるから情報を抜かれるのか、いや安全だ、という次元の話ではないのです。

 ところが、現在日本でも一部英語圏でもファーウェイ社のパージ問題で語られるカウンター情報のほとんどは、奇妙なことにファーウェイ社の通信機器は安全だというレベルの話ばかりが喧伝されています。おそらくは、そちらの方面からそのようなレクがあり、それはもっともな話なので納得した「有識者」が政策決定やメディアの場でファーウェイ社をパージしても損害が多く実益もないので無意味だと繰り返し報じているだけなのです。

 実際には、政府系金融機関やAIIBによるベンダーファイナンスとセットになって、東南アジアやアフリカ諸国に中国系通信会社が各国の国営企業に食い込んで欧米系や日系企業の入札を妨害し、膨大な受注を元に量産をかけて大幅なコストダウンを図る――あらたな植民地主義的政策はどこまで認められるのか議論するべきタイミングが来ているところへ、習王朝による「中國製造2025」が発表されるに至ります。

中国製造2025とは 重点10分野と23品目に力

 これが本当に国是として推進され、ある種の大躍進政策2.0となるようであれば、ディストピア風味の中国型監視社会と一党独裁は欧米や日本が持つ普遍的価値観(人権や民主主義、資本主義、法治体制など)とは相容れないよね、という話になるのは当然です。米中対立の思想的な部分というのは文字通り根っこのところであって、ファーウェイ社が製造した機器を使えば情報が取られるというレベルの話ですらないということは容易に理解できるでしょう。もしも情報漏洩が本当に危ないのだ、駄目なのだとなれば、すでにスノーデン以降告発され続けているアメリカNSAが同盟国の電話や通信などの内容を組織的に傍受し続けてきた問題などは、日米安全保障条約を一発で崩壊させる問題であるとも言えます(じゃあNATOは大丈夫なのかは別として)。

 良くも悪くも日本は末梢神経が強いのがナショナルインタレストの国なので、例えば総務省に中国の意に沿う情報を発信する人物が紛れ込んでいたり、大手通信会社の経営幹部に事業戦略を中国に伝える役割を果たしている人物が温存されていたとしても、これをなかなか排除することはできないという問題はあります。だからこそ、何をどう誰から守るべきなのかを日本も考えて対応する必要はあると思いますし、正直「それが、新しい冷戦なのだ」とも言えるでしょう。

ファーウェイ排除の死角、米国が最先端から脱落するリスクも

最大手会計事務所「デロイトトーマツ」の国家機密情報が中国に狙われる日本はスパイを防げるのか

 こういう時勢で、良く分からない行動をとるトランプ大統領がいて、また、帝国主義的な拡大志向を隠しもしない習近平国家主席がいるなかで、どちらともそれなりに蜜月な感じで外交を捌ける安倍晋三さんが総理の座にいたというのは、日本にとって幸運だったのか悪運だったのか、まだ良く分からないなあというのが正直なところです。

 水面下で盛大な蹴り合いをしていても、外交の表舞台では華やかに偉い人同士がにこやかに握手をする、というのが世の習いだとするならば、蹴られて死んだ人たちはどのようにすれば浮かばれるようになるのでしょうか。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.266 G20直前で思うこと、そして闇営業にまつわる芸能界事情や国内で始まりつつある信用スコアビジネスについて語る回
2019年6月28日発行号 目次
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【0-a. 序文】G20直前で思うこと
【0-b. 告知】『新しい本が出ました
【1. インシデント1】闇営業と反社会的勢力絡みに関するロバの耳
【2. インシデント2】国内でも続々と立ち上がる信用スコアビジネスはどこへ向かうのか
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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