高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

グローバル化の波に直面するイビサ

高城未来研究所【Future Report】Vol.739(8月15日)より

今週は、イビサにいます。

現在、この島の観光客数はパンデミック前を上回り、ヨーロッパ全土から押し寄せる人波に加え、中東やアジアからの富裕層も増え続け、明らかに街の空気が変わりつつあります。
特にマリーナ地区のヨットハーバーには、全長100メートル近いスーパーヨットが並び、まるで海の超高級車ショールームのように見えます。
この島はもともと「地中海のカオス」とも言える多様性を受け入れる場所でしたが、近年は金融資本が観光と不動産を飲み込み、かつてのイビサとは全く異なる別の光景を作り出してしまっています。

イビサは、クラブカルチャーや電子音楽の聖地としてのイメージが強いかもしれません。確かに、世界のトップDJが連日プレイし、夜中から朝方まで踊り明かすクラブは一時期の勢いは衰えたものの、いまだ健在ですが、高騰する入場料に比例するように色濃かったアンダーグラウンド感は年々薄まっています。

一方、僕が長年イビサ島に魅力を感じるのは、その反対側にある静けさです。車で20分も走れば、広大な塩田、オリーブ畑、ひっそりとした漁村が広がり、波の音と風の匂いが五感をリセットしてくれるのは、今も昔も変わりありません。昼と夜、喧騒と静寂、資本と素朴さ。その振れ幅こそがイビサの本質で、日中に島中北部に訪れると、辺り一面のオリーブ畑や真っ白な家々など何百年も変わらない風景が眼前に広がっています。

こうした「本物」の空気感は、地中海ならではの大自然だけでなく、交易拠点だった古代フェニキア人、ローマ、ムーア人、カタルーニャ人といったさまざまな文化が交差した場所だった歴史から生まれています。そのため、建築様式も独特で、真っ白なキューブ状の家々は、北アフリカの風土とカタルーニャの美意識の融合文化によるもので、強い日差しを反射し、夜は月光に浮かび上がるその姿は、単なる観光資源ではなく何世代も受け継がれてきた生活の知恵そのものなのです。

しかし、この島もグローバル化の波に直面しています。
観光収入に依存しすぎた経済は、旺盛な不動産投資と短期賃貸ビジネスの膨張によって地元住民の生活を圧迫し、気がつくと、かつては島内に1つもなかったグローバルブランドのリゾートホテルが次々と建築されています。
以前、冬になると閉じていた多くのホテルは、年中営業して観光客を呼び込み続けていますが、もう30年以上この島を見てきた僕にとって、いまの持続可能性は正直疑問符がつきます。

定期的にイビサへ訪れると、ふたつの未来像が浮かび上がります。
ひとつは、このまま資本と観光に飲み込まれて、世界中のリゾートと変わらない均質な場所になる道。もうひとつは、古来の知恵と自然環境を活かし、持続可能な生活のモデルケースとして世界に発信する道ですが、残念ながら前者の道をひたすら走っているように感じています。

今年も巡ったギリシャ、イタリア、スペイン、北アフリカの沿岸部。いずれも観光と移民、そして環境変化という同じ課題を抱え、確かに観光産業は短期的な利益をもたらしますが、過剰に依存すると文化や自然資源を食い潰してしまったり、パンデミックや不況の影響を真っ先に強く受けてしまいます。これは地中海だけでなく、バリやハワイなど世界中の観光地が直面している構造的な問題で、いや、いまや日本主要都市も他では無いのかもしれません。

もう30年以上通うイビサは、僕にとって現代文明の光と影を凝縮したような島であることに違いはありません。「セカンド・サマー・オブ・ラブ」以後、グローバル資本主義の最前線でありながら、古代からの自然と文化の絶妙なバランスがまだ息づいている。そうした極端な二面性を間近に感じられる場所は、世界でもそう多くありません。
だからこそ、この島の変化を観察することは、世界の未来を観察することでもあるのです。

しかし、島中どこも物価高が続き、止まる感じがしません。
ダンスミュージックの先端を走る島は、グローバル資本主義の最前線の島へと変わりましたが、どこかで持続可能性を失った地域の「悪いロールモデル」になってしまうのではないかと考える今週です。

島が持つ素晴らしい静けさは(チルな場所と時間は)、徐々に失われつつあります。
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.739 8月15日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

その他の記事

週刊金融日記 第308号【日本の大学受験甲子園の仕組みを理解する、米国株は切り返すも日本株は森友問題を警戒他】(藤沢数希)
ネット時代に習近平が呼びかける「群衆闘争」(ふるまいよしこ)
高2だった僕はその文章に感情を強く揺さぶられた〜石牟礼道子さんの「ゆき女聞き書き」(川端裕人)
浜松の鰻屋で感じた「食べに出かける」食事の楽しみと今後の日本の食文化のヒント(高城剛)
努力することの本当の意味(岩崎夏海)
「HiDPIで仕事」の悦楽(西田宗千佳)
「心の速度を落とす」ということ(平尾剛)
中国人のビザ免除方面も含めた日中間交渉のジレンマについて(やまもといちろう)
新MacBook Proをもうちょい使い込んでみた(小寺信良)
いわゆる「パパ活」と非モテ成功者の女性への復讐の話について(やまもといちろう)
津田大介メールマガジン『メディアの現場』紹介動画(津田大介)
江東区長辞職から柿沢未途さん法務副大臣辞職までのすったもんだ(やまもといちろう)
あるといいよね「リモートプレゼンター」(小寺信良)
働き方と過ごし方。人生の“幸福の総量”とは(本田雅一)
ビル・ゲイツと“フィランソロピー”(本田雅一)
高城剛のメールマガジン
「高城未来研究所「Future Report」」

[料金(税込)] 880円(税込)/ 月
[発行周期] 月4回配信(第1~4金曜日配信予定。12月,1月は3回になる可能性あり)

ページのトップへ