昨今騒ぎが拡大している前川喜平さんの「怪文書」なのか「内部文書」なのか判然としないところはありますが、この前川喜平さんについてはいろんな風聞がありまして、文春も新潮もかなり頑張って取材して誌面を割いて頑張っているんですけれども。
大資産家の一族であり、中曽根家の流れであることも含めて、バックグラウンドについてはいろんな人がいろんなことを書いておられますので是非そこは流し読みでもしていただくとして、私が本稿で書いておきたいのは「優れた人」「奥の深い教養人」とされる高評価と、「だらしのない人」「日本の文科行政を駄目にしている張本人の一人」という酷評とが併存するという、実に奥の深い人物だということです。
前者で言いますと、前川さんとかかわりの深かった大学関係者は、大学改革に対する前川さんの姿勢や、昨今問題となっている奨学金問題について前川さんが非常にリベラルで筋の通った議論を続けてきたことを評価します。まあ、個別政策を語らせると前川さんという人は実に優秀で素晴らしい実力者で、人情味の篤い人物だということになります。
私個人で言いますと、いわゆる天下り論争のときに何度かご一緒しただけですが、記者会見でもあった通り、まあ飄々とした感じの方でした。悪い印象は特になく、役人らしい人だな、という感覚しかありません。
で、菅義偉官房長官との関係で申し上げるならば、官邸としては面倒な人というポジションです。これは伝え聞く限りですが、天下り問題が出る前に、事務次官になったのは16年6月、この時点でこの人事について官邸でいろいろとゴタゴタしていたとのことで、何しろ前川さんご自身が初等中等教育の畑であるために大学入試改革の問題については一家言どころではない私見を持っている人なわけです。
ところが、官邸からはご存知のように文科省天下り問題の露顕の詰め腹を切らされ、最後は退官後に処分までされてしまい、蓋をされます。前川さんからすれば忸怩たるところでしょう。吏道たるものは、為政者の都合で柳のように揺れ、また切られるべきときは潔く切られることを覚悟してこそ、というところもあるのかもしれませんが、そういう詰め腹を切っても退職後に相応の厚い手当てがあるからこそやむない事情で責任を負って辞めていく際の心の折り合いがつくのに、退職後も馬鹿だクズだと言われるのは… というのはあったのでしょう。
官邸からすれば文字通り今回の経緯は裏切り者の際たるものですし、いい加減にしろということで頭に血が上ったところはあるでしょうが、前川さんに対して怒っているもう一つの勢力があります。大学当局です。
どことはいいませんが、前川さんに煮え湯を飲まされた大学当局者はかなり横のつながりをもっていて、前川さんが事務次官になる前から、天下り人事の問題について官邸やマスコミに情報提供をしてきた有力者の皆さんがおりまして、どちらにも相応の言い分はあるにせよ、前川さんの大学教育の現状に対する無理解と、文科省の文教行政に対する度し難い無謬性と、さらには科研費の在り方を巡る問題の見て見ぬふりが「完全な機能不全を起こした戦犯が前川」とまで言わしめる状況になるわけです。
第三者的に見ると、私なんかは前川さんというのは文科省という秩序のベルトコンベアーの上をコトコト流れてきた風変わりなおじさん以上のモノではありません。悠々自適のバックグラウンドと、本人にはそれほどない野心、文科省らしい慎重な姿勢とどうでも良さげな雰囲気は典型的な文科省の大物役人、といった風情です。
しかしながら、前川さんというのはどういうわけか、詰め腹を切らされた後唯々諾々と隠居することなく、手持ちの火薬を掲げてメディアに持ち込みまくるのです。それこそ、日本テレビを筆頭に毎日新聞、東京新聞といった各種政権批判も辞さないマスコミに取り上げてもらうよう依頼したものの、実際にネタとしていろいろとアレであったところを具体的に紙面に、それも一面にしたのが朝日新聞ただ一社だったということになります。特ダネでもなんでもなく、単に「その証言一本ではとても危なくて紙面や放送で使えない」と判断されるべきものが、ある種の前川さん一流のそれっぽさで官邸のスキャンダルにまで持ち込めたというのが実情です。
私も、加計学園の問題については森友学園問題が燃えている最中にこっちのほうが問題だと思っておったわけですが、それはごく単純に、前川文書のような単品ネタではなくお友達行政の延長線上にあるものとみていたわけです。一緒に首相と視察する三流学校オーナーとか、まああり得ないわけじゃないですか。一方、某大手マンモス大学のように理事長以下、施設・校舎建設で暴力団とズブズブになっているところに比べれば、加計学園の云々というのはくだらない話であって、それほど大きなネタになるとは思っていませんでした。
実際に蓋を開けてみると、菅官房長官が過去の経緯もあって感情的になって記者会見で怪文書だと言い切ったり、前川さんのことを「地位に恋々としてこだわっている俗物」みたいな人格攻撃をし始めたため、明らかに初動を間違ってカロリー高く黒煙が上がってしまった、という事例になっています。
私は、これは官邸側のある種の弛みというか、油断なんだろうと思っています。加計学園を優遇すること自体は特段のあれこれはないでしょうし、2014年に同行した視察でいまさら問題にされるような疚しいことは特にない、と事務的に処理していれば何事も起きなかったはずが、大物なのにトリックスター風に動く前川さんの風俗通い話などを読売新聞に書かせてしまえばそれは野火のように文春や新潮にネタが広がっていくに決まっています。特区制度というものがどういう代物で、四国に獣医学部がなぜ必要で、だから推進したというところだけを語っていれば、前川さんが前に出てくることもなくそのまま終息したのに、と思うわけですね。
その点で、その後出てきた山口敬之さんのレイプ揉み消しネタも含めて、火消しのイマイチさというのは強く感じます。長く政権をやってきた弛みだとしか思えませんし、今後もいくつか出てくる話があるでしょうから、本件で脇を締め直してきちんとした政策議論に回帰してくれるよう願うのみです。こんな話で国会期日消費するぐらいならば、社会保障についてもっと真剣に議論してほしいと切に願う次第です。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.192 前川前文科次官のあれこれについて思うこと、人工知能ビジネスがいまいちな理由、そしてビッグデータ独占防止の話など
2017年6月12日発行号 目次
【0. 序文】前川喜平という文部科学省前事務次官奇譚
【1. インシデント1】人工知能と広告の関係を科学する方向性が挫折を繰り返す理由
【2. インシデント2】公取委がデータドリブンな時代到来を控えてアップを始めたようです
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
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