やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

議論の余地のないガセネタを喧伝され表現の自由と言われたらどうしたら良いか


 凄まじい勢いで拡散され、世の中的にも「さすがに問題だよね」という認知も進んできている偽情報問題ですけれども、いわゆるダークパターンからアドフラウドまで網羅的にどうすべえという総花的な対応について議論が複数おっぱじまっております。

 前回ここで有料部分にそれの話をまとめて書いておいたら即日関係先からもご反響があり、どうしたものか的な内容で返ってきました。ただ、政府や与党での対策に関する議論もさることながら、事業者側(MetaやTwitter(X)、ByteDanceなど)の問題だという認識も国民の間に広がってくる中で着地点をどこにするねんというのはまだ手前の段階にあり、すぐに被害が出るわけではない認知戦領域から具体的な詐欺被害で大変なことになっているロマンス詐欺やらオンラインカジノやらのところまで幅広に対応しろとなると割と大変な議論がかなり残されたままであることは理解できるところです。

人間迷路 Vol.469 米ウクライナ会談決裂の先にある日本の未来を憂えつつ、切羽詰まった偽情報対策の行方やファクトチェック廃止に至ったMetaの話題などを取り上げる回

 ここでも書きましたが、突然日経がカネかけて郵送アンケートを取り、どうも国民感情からしてプラットフォーム規制もアリの方向に動いているようだというビッグな観測気球も上がりました。どうせやるなら昨年末のうちにやってくれよと思いますけれども、次項(有料部分ですみませんが)で解説する通り目下進めているのはテロ対やFATFの文脈でどうするかという個別の話というよりは前述の通り幅広の問題意識に対して基本的な政策議論をようやく始めましたというレベルのものでしかなく、対策の詳細は追って詰めるような状態になっていることは認識しておく必要があります。

偽情報対策「企業に責任」57% ネット発達、良い・悪い拮抗

 また、幅広と一口で言っても、現段階では事件化しない限り当局にはまともな通報が来ないよねといったところで重要なものは取引時確認の要件をしっかり民間事業者に目を配らせ、疑わしい取引の類型をきちんと吟味させ遺漏なく報告させて問題となる取引が為されないよう官民で対応しようという話になります。

 ところが、オンラインカジノの日本国内市場が4,500億とか言われているのは、そのほとんどは国内決裁業者から何らかの手段を通じて日本円がステーブルコインほか暗号資産などに転換され海外に流出していることを鑑みれば、いま実施している疑わしい取引の抑止や通報制度が実効性のある形で機能していないことは明確であって、これはいったいどうするつもりなのという話はどこぞできちんと詰めていく必要はあるでしょう。

 このように、具体的な被害を国民に及ぼす経済犯罪ネタですらあまりきちんとした着手が行われていない現状の中で、認知戦やそれ周辺で起きる偽情報の乱舞のような問題に対して我が国がどうやって自律的に対処していこうとするのかについてはまだよく分からないし具体的な検討の手前の基礎的な議論に留まっていて、なんとなく方針はこの前高市調査会で出てきたような内容でしかないというのは割と大変なことです。これは、与党が仕事をしていないとかではなく、国民世論において値踏みがむつかしいうえ、そもそもが民主主義を支える根幹である表現の自由に守られる言説のひとつに、必ずしも他人の利益を毀損しない偽情報まで踏み込んで制限を掛けるべきかという重大な問題がいまだ残されているからに他なりません。

 例えば、政治家は公人であり闊達な議論の対象であるべきだから、誹謗中傷についてはいままでは言論で対抗すべきという原則も含めて、政治家に対する中傷を違法なものと認定するハードルは伝統的に高くなっていました。ところが、この司法における判断は、基本的に言論というものがほとんどが新聞や雑誌媒体など限られた人が活字で批判中傷するものの吟味をするにあたっての話であって、こんにちのように誰もがネット上で発言でき、その事実関係がプラットフォーム事業者に検証されることなく多くの人々に流通することは想定されてきませんでした。結果的に、昨今では政治家が自身に対する根拠なき中傷に対してそのまま訴訟を起こし、勝訴することも珍しくなくなってきており、今後はネットでの議論も自力救済することで中傷を行った本人が特定され訴追を受けたり、刑事罰を受けたりすることもあり得る話になってきます。

 他方で、認知戦で多用される文言は、一口に言えば「具体的に誰かの名誉を棄損するものではないが、分断を煽ったり、組織・集団に対して一見正論で世情の信頼を損ねさせること」という、昔で言う不安定化工作に近い手法が乱舞していることは避けて通れない問題となってきています。

 すなわち「日本人は働かなくなった」「政府は重税を国民に課している」という一見もっともな批判と共に「日本の政治は信用できない」「いまの政府は国民の方向を向いていない」というロジックに展開していき、レイジベイティング的なダークパターンで社会に不信感をばら撒こうとする手法が効果を上げているわけです。もちろん、そのような批判はされてしかるべきな政治的な事案はあるけれども、例えば「福島第一原発事故で汚染水を垂れ流し海を汚す決定をした日本政府を許すな」であるとかワクチン陰謀論も含めてリテラシーの低い国民に対して不信感を抱かせる文言を並べることで、一定の割合の「そうなのかな」と信じてしまったり動揺してしまったりする国民から社会的信頼を損なわせるような情報を流通させることそのものが目的とされるとこれは法的には止められないことになります。

 その結果、最近の若い人たちは海外に出稼ぎに行っている、貧しくなった日本は自民党政治が悪いので次の選挙では野党を勝たせるべきだというロジックをすんなり信用する人たちも少なくなく出てくる上、社会的分断を正論を装った偽情報で煽る手法が定着したことで海外からの介入が止まらなくなっていることは充分に危険視する必要があると言えます。

 また、報告書でも書きましたがこれらの分断を煽るテキストや動画は閲覧回数が増える傾向にあることから収益化と結びついておりこれらを止めない限り「プラットフォーム事業でカネになるからビジネスとして煽るコンテンツを作る」ことがエコシステムに入ってしまいます。明らかなダークパターンのビジネス化の文脈は危険なものとなってきており、日経の調査でも企業(プラットフォーム事業者)にも責任があると国民が思ってくれているようだということで、ようやくこのあたりの議論が始められるのかな、というのが正直なところであります。

 この辺は、昨年の自由民主党総裁選の前に岸田文雄前政権においてネット対策の重要性を説明するにあたり事実関係とセットでいろいろと取り回してきたものであったと同時に、広告分野ではようやくアドフラウド問題に関する議論が進展し始めどうにかなるのかなあ感が出てきました。

デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス(素案)

 「おせーよ」とか怒られそうですが、著名人が無断で顔写真や名前等を使われ詐欺広告に使われていることの問題が認知されて当面できることを模索した果てにようやく取りまとまったものであって、これを入り口に必要な制限をどのようにしてかけていくのか、また、今後の情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)ガイドラインも踏まえて広告主側とプラットフォーム事業者側と双方に働きかけをして何とかしていくんだよという方向性までは見えてきてよかったねといったところでしょうか。

 ただ、繰り返しになりますがこれはあくまでネット内での情報流通の適正化の入口に過ぎず、ここから認知戦対策しようぜとか、問題アカウントについてはきちんと炙り出しをして工作を防ぐための実作業をやるぜというような作戦の話になると、さらに気が遠くなるような議論の積み重ねをして、国民に対して憲法が保障している言論の自由を極力損ねず、弾力的な国民感情の醸成には配慮しながら、どうやって問題となりそうな部分だけうまく抽出して対策を加えていくかという重要な工程を進んでいかなければなりません。

 裏を返せば、そのような対策はいままでまったくの白紙であった日本のネット社会が生成AIおよび他国のプラットフォーム事業者との駆け引きの果てに一定の「操作されない、日本人の世論」とかいう本当にそういうのってあるのと思ってしまうような黄金郷(エルドラド)を目指す旅路になるのでありましょうか。

 で、まあ込み入った話ではACD(能動的サイバー防御)の実施プログラムその他の中にこういう認知戦領域を入れるんですか入れないんですかどうなんだいというネタも出てくるのではないかと思いますが、いまのところ入らない予定のようにこちらからは見えます。まあ、やらないんだろうな。そうすると、どこの予算でどういう部隊がいかなる作戦指揮でやるんですかという詰めは近い将来発生するでしょうから、あと3年ぐらいは無防備のままで行くってことでいいんですかという話はしておきたいなあとは思いますね。

 まあ… 「それはおまえの仕事だったのに、なんでいままで無策でここまでやってきたのか」とか超絶怒られが発生するタイプの問題のようにも見えますけれども… そのころにはもう私はいないのだと信じて、いまできることに対して最大限の取り組みをして行くってことでどうでしょうか。

 その辺の話は、実は情報法制研究所主催のコロキウムでかなり濃密にやりました。

第4回 JILISコロキウム『ネットを使った金融犯罪最前線とその対策』

 来月はまさかの超大物・白石忠志先生をお呼びして公正取引とプラットフォーム事業者についてキーノート(基調講演)とパネルディスカッションを予定しており、なんかお前らがのんびり対策ゆるゆる進めているから国民生活に大きな悪影響が出ているんだしっかりしろ的な叱咤激励を受けてしまう怖れはありますが、頑張ってまいりたいと思います。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.470 もはや一刻の猶予も許されない偽情報問題にまつわるあれやこれやに大いに頭を悩ませる回
2025年3月5日発行号 目次
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【0. 序文】議論の余地のないガセネタを喧伝され表現の自由と言われたらどうしたら良いか
【1. インシデント1】中国によるSNSでの世論工作の実情と対策について
【2. インシデント2】サイバー犯罪を実行するための参入障壁が急激に低下しつつある件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント4】風雲! 高市早苗調査会、怒りの匿流対策提言からアレの今後を読み解く

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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