この10月1日、消費者庁のもとで「消費者安全調査委員会」が発足しました。その役割は、消費者の身の回りで起こる製品・食品事故の原因を究明し、再発防止策を探ることとされています。同委員会によって、私たちの暮らしは、より安全になっていくのでしょうか。
消費者庁設立の経緯とは
――この10月1日、消費者庁のもとで「消費者安全調査委員会」が発足しました。[*1] この組織の役割は、消費者の身の回りで起きた製品・食品事故の原因を究明することだといいます。まず、消費者安全調査委員会とは何か、簡単に教えてください。
津田:エスカレーターによるケガ、刺身による食中毒……製品や食品をめぐる「消費者事故」は、日常的に起こっていますよね。その再発を防ぐには、事故原因の調査が欠かせません。実際に現場に行く、関係者から聞き取りをする――消費者安全調査委員会はそうした調査を行い、何が原因だったのかを探り、再発防止策を立てる実働部隊 [*2] です。
――消費者安全調査委員会は、消費者庁に属していますよね。消費者庁ではそもそも、何が行われているのでしょう?
津田:消費者庁は2009年にできたばかりの組織で、「消費者行政の司令塔・エンジン役」とされています。[*3]
具体的に、どのような役割を担うことが期待されているのか――その本質を理解するには、同庁設立の経緯を紐解いてみるのが近道です。
2000年代、日本では衣食住を取り巻く問題が立て続けに明らかになりました。2000年には三菱自動車リコール隠し事件と雪印集団食中毒事件。2002年から2004年にかけては雪印食品を含む複数業者による牛肉偽装事件。2005年にはマンション耐震強度偽装が社会問題に。2006年には不二家の期限切れ原材料使用問題が、そして2007年には北海道土産として広く知られる石屋製菓の「白い恋人」の賞味期限改ざん問題などが発覚します。
そんな中、2007年9月に自民党の福田康夫が首相に就任しました。同首相は就任後の所信表明演説で2005年の耐震偽装問題に言及したうえで、次のように宣言します。「真に消費者や生活者の視点に立った行政に発想を転換し、悪徳商法の根絶に向けた制度の整備など、消費者保護のための行政機能の強化に取り組」むと。[*4] 「小泉首相時代と比べて支持率の低い福田首相の人気取りだ」という批判の声もありましたが、背景には、日本の消費者行政が縦割り構造の中、なかなか有効な手立てを打てず、相次いで消費者の人命を脅かす生活問題が出ていたということは事実です。
その後、2007年12月から2008年1月にかけて、中国製の冷凍餃子を食べた消費者たちが下痢や嘔吐などの中毒症状を訴える「毒入り餃子事件」が起こります。[*5] 問題の餃子からは、殺虫剤の成分「メタミドホス」などが検出されました。
これがきっかけとなり、福田首相は、消費者に主眼を置いた行政の実現を急ぎます。そして同年3月11日、「消費者行政推進会議」[*6] の第1回目会合を開催。さまざまな視点から議論を行いました。
生命、身体被害に関する消費生活上の事故――消費者事故を分類すると、面倒なことに、事案によってどの省庁の管轄か違うんですね。例えば、コンタクトレンズの事故ならば薬事法にかかわる問題だから、厚生労働省の所管。ブランコの事故ならば都市公園法がかかわる問題だから、国交省の所管。各省庁にまたがってしまうんですね。[*7]
<出典>
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/shouhisha/daiw3/siryou4.pdf#page=5
さらに困るのは、所管官庁がない場合です。2008年7月、こんにゃくゼリーを喉につまらせ、幼児が死亡する事故がありました。[*8] あの事件は、果たしてどの官庁の所管になるのか? 実は該当する省庁がないんです。
――ええっ? どういうことですか。
津田:厚労省の食品衛生法 [*9] は、食中毒など「衛生上の危害」を対象としています。農水省のJAS法 [*10] は、食品表示などを対象にしています。だけど、こんにゃくゼリーの場合、硬さや大きさのような「形状」がそもそも問題となった。となると、問題に対して適切な規制や行政指導を行う権限を持った部署が役所内に存在しない。そういうケースの場合、厚労省も農水省もすぐには対応してくれないんです。
このような問題は「すき間事案」と呼ばれます。縦割り行政の狭間に落ちてしまって、すくい上げる省庁がなかったということですね。
――なるほど。だから、消費者の立場から問題を一元的に管理する役所の必要性が出てきたと。
津田:消費者行政推進会議で話し合われたトピックとして、「消費者の目線」というものがありました。
この会議が発足するきっかけになったのは、毒入り餃子事件です。事件が起きてしまったこと自体は、決して歓迎はできないにせよ、ある意味では仕方のない部分もあったのかもしれない。しかし、一番重要なのは、早い段階で被害拡大を断ち切れなかったのかということです。官僚の人たちもバカではないですから、そのための策は、事前に考えられていたんです。それが「食品保健総合情報処理システム」という情報ネットワークシステムです。
これは普段、厚労省と感染症研究所、保健所などをつないでいます。にもかかわらず、くだんの事件ではなぜか情報共有されなかったんですね。
また、農水省では2005年、「製造・加工/流通・販売段階における食品安全に関する緊急時対応実施指針」[*11] などの指針を定めていました。これは当時としては先進的なもので、食品に毒物が混入した場合、海外で事件が発生した場合などの対応策があらかじめ加えられていたんですよ。
こうした策が打たれていたのに、実際には機能しなかったのはなぜなのか――消費者行政推進会議に出席していた委員の一人は、議論の中でこう述べています。
「厚生労働省や農林水産省のような産業育成省庁の意識やシステムでは、いくら仕組みを作っても対応できないということなのではないか。消費者の目線に立った担当者が消費者行政を動かすことが、消費者の安全を守る大前提である」と。[*12]
今この話を聞くと、原子力産業の育成省庁だった経済産業省が、原発の安全性についてさまざまな疑義が寄せられても東京電力に対して具体的な指導監督することができなかったことを思い起こさせます。経産省内の一機関だった原子力安全・保安院が適切に機能しなかったことが福島第一原発の事故につながっているわけで、行政が何かを厳しく規制するには、産業育成省庁の意識やシステム下で仕組みを作ってもムダだ、というシンプルな話なのかもしれません。
いずれにせよ、議論としては、官庁の所管に関係なく、「すき間事案」も含めてすべてを一元化して拾い上げ、消費者の側に立って問題解決にあたる省庁が必要だという結論になった。消費者庁の設立にあたっては、こうした問題意識が大きく働いていたわけです。
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