※小寺信良&西田宗千佳メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」2015年7月24日 Vol.044 <様々な射程距離号>より
先日、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)に、同社が開発中のバーチャルリアリティ(VR)対応ヘッドマウンドディスプレイ(HMD)、「Project Morpheus」(開発コード名)を使ったデモの体験に行ってきた。筆者の場合、5月にも取材をしているし、6月にはロサンゼルスで開かれたE3でも取材をしている。だからMorpheusの試遊そのものは、すでにかなりの経験がある。だがそれでも、今回の試遊は面白く、意義深かった。VRは「没入感」の一言で語られがちだが、コンテンツの種類によって体験が大きく異なっており、そこに価値があると再認識したからだ。今回は、コンテンツの内容による「VR演出の秘密」について、筆者の想像も交え、語って行きたいと思う。
・Project Morpheus。PS4専用のHMDとして、2016年上半期発売を目指し開発が進められている。
没入するが酔わないVRを目指して
詳細を検討する前に基礎知識として、現在のVR、特にMorpheusのようなデバイスについて解説しておこう。HMDは過去から存在しているが、Oculus Rift登場以降のデバイスは大きく異なっている。Morpheusもそのフォロワーであり、強い影響下にある。
共通する特徴は2つある。視界を広く覆い、強い没入感を実現することと、「酔い」を極限まで減らすための工夫がなされていることだ。特にコンテンツを作る上で重要なのは後者である。広い視界の実現には、レンズと出力される映像の掛け合わせでいい。しかし、広い視野で強い没入感を出すと、人間本来の視界とHMDが映し出す視界の間に差が大きい場合、強い「酔い」になる。たとえば、首の動きに対して映像が遅れて表示されたり、表示コマ数が少なかったりすると、現実とは違うと脳が認識し、酔うわけだ。酔うようでは体験以前の問題だ。そのため、一般的なCG映像よりも描画コマ数とその安定に気を配り、頭部の移動による視界変化については、移動から描画までの遅延を極力減らす方向で開発されている。
Morpheusの場合、HMDでの描画コマ数を毎秒120コマ(一般的なテレビの倍。ゲームでの主流は毎秒30コマ)に増やし、遅延についても、数値として公開されている値はないものの、あらゆる部分で1ミリ秒単位の節約を積み重ねて、できるだけ感じられないものにしている。結果、頭を激しく振り回すように動かしても、映像には遅延やコマ落ちが発生しづらく、酔うことがない。
E3で体験した、Oculus VRのHMD「Oculus Rift」製品版も、Morpheusに勝るとも劣らない「酔わないVR」体験ができる。2社は現在のVRブームを牽引する立場であり、ともに「酔わない、高品質なVR」を最優先に開発していることが見えてくる。
体を動かさず「うまく騙す」のがVRの秘密?!
そういう視点で見ると、現状の「良いVRコンテンツ」の条件と、ある種の限界も見えてくる。
今回の体験の中で楽しみだったのは、バンダイナムコエンターテインメントが開発中の「サマーレッスン」と、カプコンが開発中の「 Kitchen」だった。前者は、VR空間の中で美少女とコミュニケーションをとるもので、後者はホラーだ。どちらもE3で話題になったものだが、筆者は別のコンテンツを体験した関係から、遊ぶことができずにいた。
結論からいえば、どちらもすばらしい体験だった。
「サマーレッスン」では、夏の縁側で金髪の少女、アリソンと数分間対話するものなのだが、あまりの自然さに度肝を抜かれた。今回のデモには腕を認識して操作をする要素はないのだが、彼女を目の前にして挨拶を交わすとき、私は自然と握手をするために右手を差し出していた。もちろん、画面にはそんな要素は反映されないのに、だ。縁側に座り、彼女の話を聞く、というだけの体験なのに、そこには、映画の登場人物になったような新鮮さがあった。座っているのが縁側ではなく、普通の事務椅子だということもすっかり忘れてしまうほどだ。
「Kitchen」はとにかく怖かった。自分は椅子の上で腕を縛られており、謎の殺人鬼が起こす惨劇を、ただただ待つだけの存在だ。部屋の外の物音に怯え、ちらりと見える不気味な光に怯え、背中からやってくる殺人鬼の怯え、と、とにかくずっと「怯えて」いた。両手でゲームコントローラーを持っているのだが、それがHMDを通して見ると、針金で縛られた手首に見える。廃墟の一室で殺人鬼を待つだけの体験など、誰もしたことはないし、これからもしたくない。だが、思わず声をあげるほど怖かった。
これらのデモは、どちらもVRならではのものだ。視界が完全に入れ替えられ、目の前にある風景が別のものになる。その世界に入ってしまうことで、新鮮な体験ができる。目に見えるのは、「サマーレッスン」であリ「Kitchen」の世界だ。
気がついてみると、実はどちらも自分はあまり「動いていない」のがお分りだろうか。一箇所に座っているだけだ。VRとはいえ、自分が部屋中を動き回るのは難しい。HMDで覆ってしまっているので、そもそも激しく動くのは危険だ。ちょっと立ち上がったり、その場で周囲を「自然に」見回す行為に限定しているからこそ、自然で快適なVRになっている。
「サマーレッスン」の開発者は、筆者にこう説明した。
「今のHMDでは、自由に素早く動き回るのは無理があります。ですから、動かないことを逆手にとって、徹底的に作りこんだんです。日常的に知っている風景だからこそ、それをしっかり嘘なくつくり込むと、強い没入感を実現できるんです」
もちろん、その場から身動きできないのではつまらない。きちんと自分が動くVRもある。
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