お客様は神さまです
さて、市場経済の席巻というものが、おとなを消失させたひとつの原因であると書きましたが、この市場経済は、物語を伴ってわたしたちの生活の中に突如として立ち現れてきました。その物語とは「お客様は神さまです」という物語です。
リアルタイムで、この言葉を聞いた経験を持つ年代は、すでに還暦を跨いでいるかもしれません。この物語を宣言した人物は、浪曲師の南篠文若、後に三波春夫という国民的な流行歌手となった男です。三波春夫は、大変に興味深い人物であり、彼が歌って大ヒットした「ちゃんちきおけさ」に関しては、是非ともお聴きいただきたい秘密があるのですが、それはこの文章の後半に譲りましょう。
三波春夫がこの言葉を使ったのは、今は亡き名司会者・宮尾たか志との対話の中らしいのですが、わたしたちの世代にとっては、関西のお笑いトリオ「レッツゴー三匹」の、真ん中にいた背の低いリーダーが、白塗りで三波春夫の物まねをして、「お客様は神さまです」とやっていたのが、なつかしく思い出されるでしょう。紅白歌合戦でも、三波春夫自身が「お客様は神さまです」とやっていたはずです。
金糸銀糸の着物を着て、両手を広げて発声された「お客様は神さまです」というフレーズは、その後数奇な運命を辿ることになります。いや、数奇なんて大げさなことではないかもしれませんが、とにかく微妙にニュアンスを変化させながら人口に膾炙されていくことになります。
最初は、お客様を持ち上げるなんていうのは悪趣味な成金みたいなイメージだったと思います。でも、三波春夫にとってはこの「お客様」はちょっと違う意味を持っていたようです。かれは、インタビューに応えて、ここで言う神さまとは文字通り神さまなんだ、農業の神さまとか、技芸の神さまとか、観音様とかなんだという説明をするようになりました。おそらく三波春夫にとっては、歌を唄うという行為は神さまの面前でとりおこなう神事のようなもので、雑念を祓い、虚心になって、誠心誠意その気持ちと声を届けるのだといった技芸の精神が込められていたのだろうと思います。
同時にまた、そこには戦争で亡くなった同胞に対しての遥かな気持ちもこめられていたはずです。おそらくは、その戦争で亡くなった同胞に対する思いこそが、三波春夫を他の多くの民謡歌手や、流行歌手と隔てるものなのですが、結論を急ぐのは止めましょう。
その他の記事
![]() |
奥さんに内緒で買った子供向けじゃないおもちゃの話(編集のトリーさん) |
![]() |
世界的観光地が直面するオーバーツーリズムと脱観光立国トレンド(高城剛) |
![]() |
国内IMAX上映に隠された映画会社や配給会社の不都合な真実(高城剛) |
![]() |
ドラマ『ハウス・オブ・カード』〜古くて新しい“戦友”型夫婦とは(岩崎夏海) |
![]() |
電気の「自炊」が当たり前の時代へむけて(高城剛) |
![]() |
3月移動に地獄を見た話(小寺信良) |
![]() |
「深刻になる」という病(名越康文) |
![]() |
世界旅行の際にちょっと得する航空券の買い方(高城剛) |
![]() |
袋小路に入ってしまった年金制度改革をどうしたものか(やまもといちろう) |
![]() |
39歳の私が「人生の復路」に備えて考えた3つのこと(編集のトリーさん) |
![]() |
「あたらしい領域」へ踏み込むときに行き先を迷わないために必要な地図(高城剛) |
![]() |
いじめ問題と「個人に最適化された学び」と学年主義(やまもといちろう) |
![]() |
「HiDPIで仕事」の悦楽(西田宗千佳) |
![]() |
オーバーツーリズムでニセコ化する草津(高城剛) |
![]() |
ライドシェア問題に寄せて(やまもといちろう) |