津田大介
@tsuda

中国在住フリーライター・ふるまいよしこ氏に訊く

「反日デモ」はメディアでどう報じられ、伝わったか

反日デモを報じなかった現地メディア

津田:ふるまいさんは香港に14年、北京に11年お住まいで、ずっと中国をウォッチしていますよね。今まで中国では、何度も反日の動きが起こっているじゃないですか。

僕の知るかぎりでも、たとえば2005年には、当時首相だった小泉純一郎と閣僚による靖国神社参拝などが引き金となって、大規模な反日デモが起きています。[*5]

そうしたデモと今回のデモで、どこか違っているところはありますか?

ふるまい:比較に値するのはやはり、「1972年の日中国交正常化以来、最大規模」と言われた2005年の反日デモですね。

今回はあの時と比べて何が違っているか——まず、規模がそれを上回っていて、より広域にわたっているんですよね。たとえば9月18日に行われたデモは、その範囲が100都市にも及びました。[*6]

さらに2005年の時は中国人がわりとのほほんとしていたんですよ。前回は学生さんが活動の中心になったと言われています。なのに、大学の先生をしている私の知り合いは、デモが起きたことをその日の夜まで知りませんでした。届くところにはデモ情報が届いていたけれど、知らない人は全然知らなかった。

活動の仕方も違っています。あの時は、西から東へとデモ隊が街を練り歩いたんですね。それが今回は、すごく限られたところを中心に、ぐるぐる回っている。

私が日本大使館前のデモを見に行った時は、デモ隊が中学校の校庭のマラソンコースのようなごく狭い範囲をぐるぐると行進していました。その範囲から出ないよう、警官が張っているわけです。完全に人々が暴れることを想定していて、それを防止する部分にすごく力を注いでいました。さっきも言ったように、私服警官をいっぱい入れていたりして。

「囲い込み」というんですか、交通も完全に遮断していました。大使館前は、片道3車線くらいある大きな道路なんですね。そこを東西で完全に区切っちゃって、ぐるぐる回らせている。傍から見ていて、「こんなに整備されていて、きれいなデモはないでしょ」というくらい、管理されていましたね。

2005年のデモでは現場に行かなかったので、実際どういう具合だったかはわかりません。当時の混乱は、日本大使館に誰かが石を投げたところから始まったといいます。海外の通信社から聞いたところによると、石を投げたのは、かなりコアな反日グループで、投石の瞬間には、デモ隊のほとんどがすでに撤収していたらしいです。2005年のデモでは政府は明らかに学生や大学を卒業したばかりの社会的経済エリートを担ぎ出したんですね。彼らは当時、経済成長を続ける中国の「輝ける星」たちだったんです。

津田:中国のマスメディアは、今回のデモをどう報じていたのでしょう?

ふるまい:実は今回の件を、現地メディアはいっさい報じていないんですね。もちろん、デモの発端になった尖閣諸島紛争については、先ほども言ったとおり、取り上げています。けれど「この都市ではこんなデモがあり、何人集まりました」といったデモそのものを取り上げる報道は、まったくありませんでした。

津田:日本ではあれだけ「この都市ではこんなデモがあり、何人集まりました」という報道があったので、にわかには信じがたい不思議な話ですね。それはなぜですか?

ふるまい:メディアの報道によってワケのわからない人が出てきて大騒ぎになり、事態がおかしな方向に向かうのが怖かったんでしょう。

これについては、ひとつ思い出すエピソードがあります。2010年に起こった「尖閣諸島中国漁船衝突事件」の時の反日デモです。

2010年9月7日。沖縄県・尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、「公務執行妨害」のかどで中国漁船の船長が日本に逮捕されました。[*7]

あの時は中国側がすごく怒ったんですよね。そして反日デモが起きました。あれも初めは、ゆる〜い官製デモだったんです。政府が煽って、うわっと盛り上がった。

けれど、約1週間おきで各都市に飛び火していくうちに、陝西省の都市で、反政府スローガンが出てしまったんですよ。[*8] デモが各地で広がりを見せるうちに、お祭り状態になり、なんでも不満を叫べ! という人たちが現れた。中国ではデモなんて「許される」ことの方が少ないので、そういう不満分子が出てきやすいわけです。

それで政府は慌ててデモを止めさせました。今回の反日デモでは、その反省を踏まえ、人々をメディアで煽りすぎないよう、また不審人物に注意しながらデモを行わせたのではないでしょうか。

津田:今回の反日デモも「反政府運動に転じるかもしれない」と心配されていましたからね。

1989年4月、中国の改革派指導者・胡耀邦総書記の追悼集会がきっかけで、北京の天安門広場を学生たちが埋め尽くし、大規模な民主化要求運動を起こすという「天安門事件」が起こりました。

あの事件と今回の反日デモは似ていると指摘する人も、中にはいるくらいです。

ふるまい:中国ウォッチャーにとって、天安門事件は確かに特別な出来事です。「デモがある」「集会がある」「大きな取り締まりがある」と聞くと、私もあの事件を思い出します。

中国政府は天安門事件後、同じ土壌ができないよう、その芽をたくさん引っこ抜いてきました。人々が自発的に集まれる場所をなくしたり、集まろうとしたらすぐに規制を入れるようにしたり——あれを境に中国社会がだいぶ変わったのは事実です。

けれど今回、天安門事件を引っぱり出すのはどうかなと私は思いますね。あれは中国人が自国に向けて、不満を爆発させた事件じゃないですか。対して今回の反日デモでは、日本に矛先が向いていますから。

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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