鍵はコンプレックス(複合体)にある
「複合体」を英訳するとコンプレックス(complex)になります。ですから感覚複合体の話をするなら、僕の言葉の感覚としては「感覚コンプレックス」と言いたいところなんです。ただ、この原稿でここまでこの言い方を避けてきたのは、いきなり注釈なしに「コンプレックス」という言葉を使うと、必ず混乱される方がおられるからです。
日本語で「コンプレックス」というと「劣等感」という和訳を頭に思い浮かべる人が多いのですが、実は、英語のcomplexには「劣等感」という意味はありません。僕が「感覚コンプレックス」というときも、そこには「劣等感」という意味はないんです。
なぜ日本語において「コンプレックス」という言葉が劣等感を表すことになったのか。詳しい経緯は定かではありませんが、管見の及ぶ範囲で申し上げれば、これはアルフレッド・アドラーが提唱した「劣等コンプレックス(inferiority complex)」という言葉に由来する誤訳が広まった結果ではないかと思われます。
アドラーは、人間が成長過程で体験する「他人より劣っているんじゃないか」という不安や、今の自分が理想とする自分になれていない不全感、競争に負けたときの暗い気持ちといった、さまざまな要素の複合体が現在の自分の思考、行動に影響を与えているとして、「劣等コンプレックス」という概念を使っていました。(アドラーって本当に天才ですね)
いつのまにか「劣等」が取れて、「コンプレックス」という言葉が独り歩きするようになったわけですが、「劣等コンプレックス」という概念のすごみは、何よりも劣等感というものが感覚複合体であることを喝破したことにあるんですね。
閑話休題。
劣等コンプレックスにしても、感覚コンプレックスにしても、ポイントは「さまざまな要素が複合して、ひとつの感覚を形作っている」という、僕らの心にすくう問題を認識することにあります。
僕らは「感覚」というのは「ありのままに感じている」ものだと信じています。それは、「感覚」という言葉の定義からすれば正しいんです。しかし、「僕らが感覚だと信じているもの」のほとんどは、実は感情と思考に深く侵食されているというのもまた、紛れもない事実だと思うんです。それはアドラーの劣等コンプレックスをひもといても、仏教心理学をひもといても、僕の臨床経験からも、確かなことだと思います。
夕食抜き断食が成功するかどうかは、自分たちが「感覚」だと思っているもののほとんどすべてが「感覚複合体(感覚コンプレックス)」である、ということを気づくか、認識できるかどうかにかかっている、といっても過言ではないのです。
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