大統領選を制したオバマのデータ戦略
津田:データ、つまり数字を根拠に戦略を練ったということですね。具体的にはどんなキャンペーンを展開したのでしょう?
八田:今年4月、俳優のジョージ・クルーニーが自宅でオバマ大統領の資金集めパーティを開いたと日本でも報道されて話題になりました。[*11] 実はこれも「西海岸の40~49歳の女性に最もウケるのはジョージ・クルーニー」だというデータ解析の結果にもとづいて、オバマ陣営が仕掛けたものなんです。また、女優のサラ・ジェシカ・パーカーと、米『VOGUE』編集長のアナ・ウインターがニューヨークで開いた食事会 [*12] も同様です。彼女たちは「東海岸のセレブに強い」という理由でね。あと、個人的に一番面白いと感じたのが、選挙資金を調達するためのクラウドファンディングを呼びかけるメール。オンラインで調達された献金の大部分が日々大量に送られるメールでの勧誘によるものなのですが、ここでもデータマイニングがいかんなく発揮されているんです。何をしたかというと、民主党支持者に送られるメールは、送り主や件名、メッセージが違うんですよ。[*13] オバマ本人からだったり、副大統領のジョー・バイデンからだったり、夫人のミシェル・オバマからだったりといくつかのパターンがある中で、ミシェルからのメールが最も効果を上げた、と。そんな実験をしながら、結果をすぐに反映してアプローチしている。
津田:うわ、まさにソーシャルゲームのKPI──重要業績評価指標 [*14] の考え方と一緒ですね。[*15] 10月に行われた第1回のテレビ討論ではオバマが精彩を欠き、一時ロムニーがオバマの支持率を上回ったじゃないですか。[*16] あの時も、実はオバマ陣営には楽観的なムードがあったとスタッフとして参加していた人から聞いたんですが、それはデータを用いた対策があったからなんですかね。
八田:というか、「THE CAVE」はテレビ討論での失敗をクリティカルな問題として捉えていなかったらしいんです。なぜかというと、彼らはいくつかの接戦州スウィング・ステート──たとえば最も重要な州の一つとされるオハイオ州では2万9千票の動向を把握していたんですね。テレビ討論後の変動を分析したら、もともとのオバマ支持者が離れていったわけではなく、ロムニーの過去の失言や失策 [*17] に絶望して、一度は共和党に見切りを付けた共和党支持者が戻っていったに過ぎない、ということがわかった。全体としては依然民主党が優勢なんだから大丈夫──そう太鼓判を押したら、やっぱり勝ったと。
津田:あのテレビ討論以来、多くのマスメディアや政治評論家が両者は互角だと考えていた中、数字はオバマの勝利を示していたということですね。そういう意味では、全米50州での選挙結果をすべて的中させた『ニューヨーク・タイムズ』の選挙専門家ネイト・シルバーにも注目が集まりました。[*18] 彼は世論調査などから得た膨大なデータを、独自の「数理モデル」で分析して予測をはじき出しています。[*19]
八田:彼はもともとセイバーメトリックス――映画『マネーボール』[*20] なんかで有名な野球選手の統計的評価に関わっていた人物で、趣味で政治の分析を続けていました。それが、2008年の大統領選の結果を全米49州で的中させ、一躍注目を浴びることになります。2009年には『タイム』誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」に選ばれちゃったりしたんですね。[*21] で、どんなふうに予測しているかというと、数年間の世論調査をベースに、膨大なデータを使っている。近年のデータや前回選挙での確度が高かった地域のデータには重みをつけたり、州ごとの人口構成や人種の割合を加味しながら統計学にもとづいて分析しているようですね。しかも彼は、自身のブログ「FiveThirtyEight.com」で手法の一部を公開しているんです。[*22] 予測の精度の高さに「インチキだ」と疑いの目を向ける人もいるらしいので、[*23] そういった批判への反論のつもりなのかもしれませんが。
津田:政治マニアの数学・統計オタクが、プロの政治評論家や政治部記者を出し抜いてしまった、みたいな話ですからね。彼もそうだし、オバマ陣営の「THE CAVE」のメンバーも、やっていることはデータジャーナリズムに近い――というか、データジャーナリズムが持つある側面を実践しているとも言える。実際、日本の新聞社もネイト・シルバーの予測のようなことをやりたがっているところは多いと聞いています。でも、それができていない現状がある。八田さんは、日本でデータジャーナリズムが発達しない理由は何だと思いますか?
八田:理由はいくつかありますが、まずは公開情報の乏しさですよね。たとえばネイト・シルバーの選挙予測には何か特殊なデータが取り入れられているように見えるかもしれませんが、彼は政治畑の人間ではないので特別なコネや人脈を持っていない。基本的に誰もがアクセスできるような公開情報を使っているんです。
津田:それはすごいですね! 逆に言うと、そもそも豊富に公開情報がなければ彼と同じことはできないということでもあるわけですね。つまり、インターネットを使った開かれた政府――「オープンガバメント」が前提になると。米国ではオバマがこの4年間でオープンガバメントを推進し、[*24] 情報公開が飛躍的に進みました。政府支出を公開する「USA SPENDING.GOV」[*25]、緊急景気対策の支出を公開する「RECOVERY.GOV」[*26]、そして各省庁が持つデータをワンストップで提供する「DATA.GOV」[*27] と、政府系の情報公開サイトだけでもかなりあります。
八田:加えて言えば、米国には民間のデータサイトも結構な数がある。スキッパー・シーボルドという、自分でプログラムを作って [*28] ネイト・シルバーの数理モデルを追試したアメリカン大学経済学部の大学院生は、「REAL CLEAR POLITICS」[*29] というウェブサイトから投票結果のデータ [*30] を引っ張ってきていますし。
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