「苦しい時に同胞を見捨てるのか!」vs「金で買い漁るんじゃないよ!」
それでも実際に香港のミルク規制が始まると、微博を中心に香港に向けて激しい罵声が飛び交った。本記事末尾で紹介したつぶやきのように、社会的地位が高く、数十万どころか数千万のフォロワーを持つ知的社会人たちですら香港を批判、それが当然のように微博中に連鎖した。ご覧いただければ分かるが、ほぼ「大陸vs香港」の図式である。中国側は「苦しい時に同胞を見捨てるのか!」という怒り。そして香港側は「金で買い漁るんじゃないよ!」という罵声。
わたしが感じている問題はいくつかある。まず、香港の自由貿易港という名声と、現実に中国経済との連携によって成り立っている経済的な地位の危うさだ。これは明らかに香港の優位と、また経済効果を支えている。一般に貿易保護主義は持ち込みを制限するが、今回は持ち出し制限という形ではあるが、このような規制をかけることが、「持ち込み持ち出し自由」の香港のイメージにキズをつける恐れは十分ある。
さらにこのような規制を明文化することで、今後中国大陸、及び大陸からやって来る人たちに「規制をかける」勢いが激化すること。ただでさえ、嫌悪感が高まり、街全体が感情的になっている時にこのような排他的ともいえる規制が施行されたことは、背に腹は代えられない事情はあるとはいえ、理性を失っているかのように思える。
◇それでも香港を「恥知らず」と罵る中国人
もう一つはこのような規制は香港では一般に「密輸業者取り締まりのため」という理由で正当化されている。確かに個人の持ち込みは1日2缶まで認めてられており、上記のつぶやきにも会ったようにさらに「きちんとした輸出手続きを取って貿易許可証を取った上での商業的な持ち込みはこの例にあらず」とされている。
だが、香港が「中国への密輸を事前に取り締まる」法的権利はない。中国との間で実施されている一国二制度において、香港内で中国国内の関税法やその他の法律を元に事前執行を行うことは認められておらず、またタバコなどの持ち込み制限を明らかに超えた量を携帯して香港から中国へ向かう者を取り締まることはない。つまり、タバコを取り締まる権利がないのと同じように、大量の粉ミルクを無税で持ち込もうとする人を取り締まる権利も香港側は持っていない。香港が取り締まることができるのは「香港に入ってくる密輸」であり、「他の地区に入っていく密輸」ではない。
つまり、上述したように「背に腹は代えられない」「子どもたちを守る」という意図の上で設けられたこの「持ち出し制限」は、香港が中国への主権返還以来、守ろうと奮闘してきた「一国二制度下の境界線」を微妙に犯していると取れないこともない。そこにどれだけの香港市民が気づいているのか。
一方、激しく香港のこの規制を罵る中国側にも問題がある。香港が中国からの観光客で賑わい、中国ビジネスで潤っていることから「中国は香港を助けてやった」という論調で批判する人も少なくない。だが、中国には香港を経由して中国入りした資本、技術、サービス、知識などは少なくない。中国の外国企業の下請け工場ビジネスも最初は香港人が始め、その技術と手法を磨いてきた。若い中国人はそのことを知ってか知らずか、それでも香港を「恩知らず」と罵る。
さらに「香港から2缶以上粉ミルクを持って入ったら密輸ということは、中国から粉ミルクを香港に持ち込んだら毒物(=麻薬)密輸かね? 中国製粉ミルクは毒だからね」というジョークが流れるように、中国の乳業が信用できない責任を香港にかぶせて怒りを増大させている向きも見られる。これではなぜ香港がそうするに至ったのかを、きちんと理性的に理解するための基礎はまったくない。こうした事情が今回だけではなく、香港と中国間の感情をヒートアップさせる要因になっている。
この事件が今後、いかなる状況に発展していくのか。今後注意深く見守っていく必要があるだろう。
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