無意識のうちに発している「この範囲の中で」というメッセージ
「やってもいいこと」だけをやり、「やらなくてもいいこと」や「推奨されないこと」には手を出さない。
少なくとも、日本社会全体が人に「好き嫌い」をわからなくさせるような土壌を持っているということは間違いないでしょう。では、その土壌はどこから生まれてきたものなのでしょう? なぜいつの時代も、日本では「近頃の若いものは積極性に欠ける」ように感じられてしまうのでしょう?
例えば職場の上司や学校の先生、あるいはお子さんをお持ちの親に、一人ひとり聞いてみてください。おそらく誰一人、「クリエイティブになるな」と言う人はいないでしょう。僕らは誰も、クリエイティブになること、創造性を発揮することを否定してはいません。少なくとも表向きには。
にもかかわらず、子育てでも、教育でも、職場のOJTにおいても、一人ひとりの自発性やクリエイティブ性が発揮される空気や土壌が育ってこない。むしろ、創造性の芽を摘むようなことばかりが起きてしまう。なぜこんなことになってしまうのでしょう?
それはおそらく、日本社会には常に<ただし、この範囲の中で>という言葉が重く、僕らの無意識(前意識)にのしかかっているからです。
「クリエイティブになりなさい(ただし、この範囲の中で)」
「自由にやりなさい(ただし、この範囲の中で)」
「好きなものを選んでね(ただし、この範囲の中で)」
家庭でも、学校でも、会社でも、日本には常に、こういうダブルバインド的なメッセージがあふれています(あるいは、自分が親や教師といった立場に立ったときには、そういうメッセージを無意識のうちに発しているのです)。
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