地方社会におけるタクシー文化の可能性
川鍋 もう一つ私が考えているのは、過疎化の進んでいる地域でのサービスなんです。そういう地域では、電車もバスも乗る人が減って赤字になってしまっていて、オンデマンドタクシーの重要性が増しているんです。でも、結局は過疎化した街のおばあちゃんに必要十分な足を与えようとすると、どんな交通機関であれ赤字になります。それこそ、最終的には「住み慣れた家を諦めて、もう少し駅の近くに出て来てくれ」という政治的判断さえあると思うんです。
宇野 長期的にはそうなると思いますよ。
川鍋 そうなってしまうと、やはりコスト構造が低い交通手段を考えていく必要があって、車一台を最小単位としたボランティアが究極の形だろうと思います。でも、オンデマンドタクシーは、政府の助成金がないと続かないんです。
実は地方では、若い人が車で送り迎えするような草の根ボランティアの活動も始まっていますが、これも結局は「自家用有償運送」と呼ばれるものになっていて、「ガソリン代だけは出してくれ」と地方自治体に掛け合うんですね。そうなると、やっぱりタクシーに近づいていくんですよ。
この問題を巡って、地方のタクシー会社と住人の不毛な平行線の戦いが起きているんです。タクシー会社は最低賃金ギリギリでやっていて、ボランティアはできない。政治家や行政は本心では住民のボランティアに期待しているけど、でも票を持っているのはタクシー会社なので表向きはそう言えない。この話の難しいところは、お互いの立場にとって、どうしようもなく正しい大義名分だというところです。
私としては、そこで例えばその地域のタクシー事業者の100%シェアをとって、その上でボランティアを束ねて、アプリで配車したいんです。その代わり、アプリを使ったら50円はいただく。その上で運転者には、このボランティアになれば多少のお金はあげるし、空き時間の好きなときに好きなだけやってよいと伝える。これが地方の公共交通機関への、私が考え得る唯一の答えですね。
宇野 まさにその通りだと思います。佐賀県知事と先日、対談したんです。実は佐賀県って、すごく人口がばらけていて、一箇所への集中がないんですね。コンパクトシティも鉄道の維持も全然現実的じゃないんです。でも、それは佐賀県だけの問題ではなくて、結局70年代に列島改造をやってしまった以上、日本社会はある程度分散した状態のままやっていくしかないという話なんですね。
そうなると、車社会のまま地方の交通をアップデートする以外に道はないのですが、残念ながら国や自治体には限界があって、やはり向こう10年は産業界からの提案で動いていくしかない気がするんです。でも、そこに具体的な回答を持っている人は少ない。おそらく、川鍋さんのいまのお話は、まさにその数少ない正解というか現実的なプランだと思いますね。
川鍋 番組名を忘れてしまったのですが、以前にNHKのドキュメンタリーで見た光景が、究極の姿だと思っているんです。過疎地域にたった一つだけ個人タクシーがあって、そのドライバーの生活を地域のおばあちゃんたちがお金を出し合って支えているんです。なぜなら、その人がいなくなってしまうと、彼女たちは美容院や街に通えなくなってしまうんです。で、代わりにそのドライバーは、「ちょっとこの棚直して」みたいな要望にも応えるわけです。ある意味では、運転に主軸をおいた便利屋さんですね。でも、彼はおばあちゃんたちのことよくわかっていて、心も通いあっている――この姿にどう上手く移行していくかを、僕は考えているんです。
個人的には、過疎化された地域では事前に基準を設けて乗務員を採用するよりも、タクシーアプリが採用している評価システムのように、事後にユーザーが運転手を評価する仕組みが合うと思うんです。そうなれば、地方の主婦だとか、あるいは千葉のサーフィン好きのお兄ちゃんが、朝にいい波に乗ったあとで昼とか夜に自分の車でタクシーをやって、小遣いを稼げるかもしれない。みんなが地域での生活をエンジョイしながら、暇な時間に労働力を提供してタクシー社会を成り立たせる。そういう地方における交通のモデルがあるはずなんです。
宇野 特区のような場所で成功例を出すしかないと思いますね。ちょっと不謹慎かもしれないけれど、可能性があるとしたら、一つは東北ではないでしょうか。緊急避難時の装置として導入を認めてもらうのは手ですよね。
あるいは、オリンピックも良いかもしれません。湾岸は鉄道を伸ばしても輸送力が貧弱だし、だだっ広いので風が強くて、自転車も現実的ではない。そこで車は重要になるはずなんです。こういった、社会の動きと連動したなにかが必要な気がしますね。
川鍋 自分としては気づいたからにはやりたいのですが、なかなか行政に対してもマスに対しても、メリット・デメリットの訴えが難しいところですね。
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