【特別対談】根津孝太(znug design)×宇野常寛

「レゴとは、現実よりもリアルなブロックである」

解像度と見立ての美学ーーディフォルメだけが持つ批評性

宇野 根津さんはずっと小さいときからレゴをほとんど途切れなく作ってきてるわけですよね。それなりに長いレゴの歴史をずっと追ってきたと思うんですけど、レゴの歴史のターニングポイントみたいなものってありますか?

 

根津 一時期、解像度を上げるために、専用パーツが一気に増えたことがあったんですよ。絶対にそのモデルでしか使えないような。

でもレゴがさすがだなと思うのは、必ずそうじゃない使い方も用意して提案してくるんですよ! 「これ他に何に使えるんだよ……」みたいなパーツでも、後で必ずなるほどと思うような使い方をしてくる。それは最初からそれがあってパーツを作っているのか、それとも後からレゴの優れたビルダーが使い方を考えているのかはわからないんですけど。

例えば僕が作ったこの装甲消防車も、このコックピットの横の板の部分は、チッパー貨車っていう列車のすごく特徴的な部品を使ってるんですが、パッと見わからないと思うんですよね。あとは有名なビルダーさんには、ミニフィグだけで何かを作ってしまう人とかもいますし、このオウムが人間の鼻に見えるんですとか、いろんな見立てができるんです。

 

宇野 レゴってある時期から、どんどん模型化しているじゃないですか。組み替えを楽しむ玩具というよりは、独特のディフォルメと解像度を持つ模型の方向に舵を切っていて、この転向に批判的なファンもすごく多い。でもここ10年くらいのレゴの変化って、もっとポジティブに捉えていいんじゃないか。レゴの美学がもたらす快楽に世界中が気付き始めている、そう考えていいんじゃないかと思っているんですね。

 

 

▲根津さんが持ち上げているのが、開閉式のコックピット。

 

 

▲同じパーツを使った別モデルのコックピット内部。このアングルになって初めて、バケット状のパーツを使っていることに気付かされた。

 

根津 レゴのブロックひとつとっても、そこに感情移入できるかどうかが重要だと思うんです。リアルじゃないと感情移入できないというなら、レゴは成り立たない。それだったら塗装したプラモデルの方がスケールモデルとしては絶対にリアルなんです。だからレゴの魅力っていうのは、人の解釈がそこに出るところだと思うんですよね。

 

宇野 レゴを成立させているのは、見立ての美学だということですよね。

僕、一番の趣味が模型なんですよ。スケールモデルもキャラクターモデルも好きなんです。でもあるときふと考えたんです。スケールモデルはリアルさを追求しているって言われるけど、リアルってなんだろう、って。

結局どれだけ精巧に作っても、それは現実そのものではないわけなんですよね。縮小した模型である時点で必ずどこかに解釈が入る。タミヤがやってきたスケールモデルですらも、実は限りなく実機を再現しているから魅力的なんじゃなくて、あのサイズでできるだけ実機に近づけることで独特の美学を構築しているんだと思う。

アニメでいうと高畑勲や押井守の作品がわざわざ絵で実写「風」の絵柄と演出を選択していることで独特のリアリティを獲得しているのに近いかもしれない。

そして僕は近年の「模型化」したレゴは、こうした見立ての快楽を極限まで追求したものになっていると思うんです。

例えばレゴ・アーキテクチャに、マリーナベイ・サンズがあるんです。これってすごく特徴的な建物ですよね。これを作ったビルダーは、どこを省略してどこをピックアップするか、どんなカラーリングにするか考えることで、マリーナベイ・サンズの本質とは何かについて考えた、むしろ考えざるを得なかったはずなんです。それによってむしろ「らしい」マリーナベイ・サンズが表れてくる。

レゴは極端なディフォルメだから、より極端な解釈が必要になるんだけど、だからこそそこに圧倒的な批評性がある。

 

 

▲レゴ・アーキテクチャのマリーナベイ・サンズ。

 

根津 スタイル、ということですよね。例えば浮世絵もひとつのスタイルじゃないですか。写実じゃない部分もたくさんあるんだけど、平面に構成したときの絵としてのかっこよさが美学としてある。あるスタイルに落し込む、スタイライズのかっこよさってのはありますよ。

当たり前ですけど、現実には絶対追いつかないんです。だからスタイルを実現するためのその人なりの工夫が必要になってくる。

レゴって基本的にポッチがあるから、フォルムがギザギザになっちゃう。でもポッチが一個も見えないようにするっていうことを自分のスタイルにして、美学にしている人もいる。あるいは、この曲面は再現できないけど、このエッジのラインだけ一本走らせればそう見える、とかね。

知恵を使っている感じ、その人なりの工夫が見えるところがいいんです。僕はこう思いますっていうことでいいんですよ。個人の理解の幅が出ることそのものが面白い。

 

宇野 単なる見た目だけには収まらない、その人の対象に対しての理解や距離感が出てしまいますよね。

 

根津 そうなんですよ。例えば構造をすごく大事にしてる人もいるんです。ウニモグってベンツの働く車があるんですけど、それ作ってるものすごい人がいて、その人はもう見えない部分の構造まで全部3DCADで設計してるんですよ。よくやるなー! って思うんですけど(笑)。

だからその人のフェティシズムというか、どこにこだわってるかが見えやすいおもちゃなんですね、レゴは。

 

宇野 レゴってブロックとしては、1ピース1ピースがでかいって言われているんですよね。解像度を上げるとサイズが大きくなってしまう。でもサイズが小さいと表現力が下がるかというと、そうではない。

 

根津 サイズが小さくなると、より想像力が発揮されますよね。本人のパーツへの思い入れみたいな。このモデルなんか、同じパーツをこっちではアンテナに使っていて、こっちではビーム砲に使っている。それがダメかっていうと、むしろすごくいい。サイズが小さくなるのって、解像度は確かに下がるんですけど、じゃ表現力は下がるのっていうと、下がらないんですよ。

 

 

▲レゴ・スターウォーズより、AT-ST。頂部のアンテナと側部のビーム砲に、同じパーツが使われている。

 

宇野 まさにそうですよね。我々は目で見たものをそのままのかたちでは脳に収めて解釈してないんですよ。

実際に撮影した写真を後で見て、あれ、これってこうなってたんだって気付くことはよくありますよね。目で見たものと脳に印象付けられたものとの間には明確な認識のズレがある。顔のような主観的に受け取りやすいものなんか、像がコミュニケーションで簡単に歪んでしまうんです。

そう考えたときに、実物よりレゴで作られたものの方が、より魅力的に見えることってあると思うんですよ。それがなぜかというと、主観に訴えかけてくるからなんですよね。解像度が低い故により対象の本質を効率よく掴み出している。

だからビルダーが行っている、このパーツは残してこっちは省略しよう、という作業というのは、その対象物の本質を抽出する作業なんです。この行為は圧倒的な批評性を孕んでいる。僕の仕事で言えば、誰か作家について本を書くときに、その作家が書いた小説の象徴的な一文を抜き出す……そういった作業にかなり近い。

 

根津 ここに重機がありますけど、これ見たときに、男の子はすぐに「おっ」て思うと思うんです。でも女の子は多分、あんまり思わない。情報としてフラットだと、取りつく島もない。でもレゴだと女の子でもなんとなく入っていける。これはここをこう見ると面白いんだよ、ということを伝えられるんです。

 

 

▲レゴ・テクニックの、ミニバックホーローダー。バックホーとローダーバケットが両方ついた、男の子心を鷲掴みにする一品。なんと前後の両方が空気圧で可動!

 

宇野 解像度の低さゆえに萌えポイントを抽出せざるを得ないのがレゴのモデルなんですよね。我々は実際に目で見たままのものを脳で受け入れていないので、レゴでつくられたものの方がむしろ、我々が対象物に抱いている印象に近い、なんてことがままあるわけです。

 

根津 似顔絵に近いですよね。似顔絵って、標準顔からの差分を強調して描くんです。いちばん平均的な顔が美女・美男子って言われてるらしいんですけど、それより目が離れていたら、ビョインと思いっきり離して描いちゃう。その人なりの理解が出てくるわけですよね。レゴはどんなものを作っても、それが出てくる。

 

宇野 そう、優れたポートレイトと優れた似顔絵の、どちらが本質を表しているかと言えば、僕は後者だと思うんですよ。

 

根津 僕、社会科って苦手だったんですけど、教科書とかに載っていた風刺画だけはすごい反応してて、こればっかり集めた本が欲しいって思ってました(笑)。そういうのと似通った楽しさがありますよね。

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