DVD『甲野善紀 技と術理2014 内観からの展開』評

美しいものはかくも心を伝うものなのか

IMG_0253[評者]平尾 剛

1975年大阪生まれ。同志社大学を卒業後、三菱自動車京都を経て神戸製鋼所に入社。1999年ウェールズで行なわれた第4回W杯日本代表(FB)に選出。2007年に現役を引退し、現在は神戸親和女子大学講師。著書に『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、朝日新書)があり、ミシマ社WEBマガジンにてコラム(「近くて遠いこの身体」)を連載中。

 

「頭でわかる」だけでは足りない

初めて甲野善紀先生にお会いしたのは2005年。大阪で行われた稽古会に飛び入りで参加したときである。着物姿の甲野先生は著書で読んだ印象そのままで、道場の端に座していた僕は横目で先生を気にしながらやや緊張の面持ちで稽古会が始まるのを待っていた。

『古武術の新・人間学』を読んで僕は甲野先生を知った。そして興味を抱いた。「タメ」を無くす動きの研究、人間は頭の中に物語をつくって動いている、身体の中のオートとマニュアル、不安定の使いこなしなどについて書かれてあり、読書中はこれまで漠然と考えていたあれこれが氷解し、なるほどと膝を打つこと頻りであった。読み終えた瞬間に僕の世界は変わっていた。

私たちにもっとも身近にありながらその実態を掴むことがきわめて困難な身体と、真摯に向き合う先生の語り口がとても新鮮に感じたのを今でもはっきりと憶えている。

だが、当時の僕はラグビー選手であった(今も心根はそうだが)。グラウンド上でのパフォーマンスがすべてのスポーツ選手は、頭で考えるよりも身体で憶えることに慣れている。どれだけ考え方に納得したとしてもいざ身体を使って実践できなければ意味がないという世界でずっと生きているのだから、それはある意味で当然のことだ。

すなわち「頭でわかる」だけでは不十分で、「身体でできる」にまで至って初めて身についたことになる。

柔道選手をいなしたり、ものすごいスピードで真剣を振り回したり、「ホンマにそんなことできんのかいな」というのがこのときの本音で、だけど頁をめくる手が止まらず、読めば読むほどその世界に引きずり込まれてゆく。活字だけでは腑に落ちないながらも、貫徹した思考のもとに導き出される真摯な言葉にどうしても惹かれる。悩んだ末、これはもう実際にお会いしてこの目で確かめるしかないと決意したのである。

 

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