「正しい正しさ」の持ち方
さて、ではその肝心の「正しい正しさ」の持ち方だが、それは、自分の中にしっかりとした「物差し」を持つということである。「物差し」は、言い換えれば「規範」といってもいいし、「手本」といっても差し支えない。とにかく、物事が正しいか正しくないかを判断する上で、参照するものを持つ――ということである。
ぼくは、子供の頃から周囲(特に両親)に、「価値観というのは人それぞれ」と教わってきた。いわゆる相対的なものの見方――だ。ぼくがよく覚えているのは、幼い頃に父にこう質問されたことだ。
「世の中で一番不幸なやつは誰か知っているか?」
ぼくは、父が相対的なものの見方をしていると分かっていたので、この答えもきっとその考え方に基づいたものだと予想し、こう答えた。
「自分を世界で一番不幸だと思っている人」
果たして正解だったのだが、ところで、ぼくは以前からこうした考え方に疑問を持っていた。幼心に、相対的なものの見方にはどうにも欺瞞が潜んでいるような気がして、ずっと絶対的なものの見方はないか、と模索していた。そうしてずっと、「何人たりとも否定できない価値観というものはないのか?」ということを探していたのである。
するとそれは、探せば探すほど見つかったし、あるいは世の中の芸術家や科学者のほとんどが、「絶対的な何か」を追い求めてもいたので、ぼくのような考えを持つ人は少なくないということが分かった。ぼくは芸術家になりたかったから、それによってだいぶ安心し、なおも「何人たりとも否定できない価値観」というものを根気強く探し続けた。
何人たりとも否定できない価値観
その探求は、46歳になった今でも続いているのだが、その中で、今のところぼくが最も「何人たりとも否定できない価値観」としてとらえているものがある。それは「夕陽」だ。「夕陽の美しさ」こそ、今現在見つかっている、最も強度のある「何人たりとも否定できない価値観」だ。
夕陽を美しいと思わない人間は、この世にいない。それを醜いという人がいたとしたら、それは嘘をついているか、あるいは感覚が狂っているかのどちらかと見て間違いない。また、夕陽の「醜さ」を説得力を持って語れる人など皆無だし、これは「ほぼ」100パーセントというよりも、「完全」に100パーセント美しいものだと言い切って差し支えないのである。
夕陽の美しさについて語り始めると紙幅がいくらあっても足りないのだが、ここで重要なのは、その「何人たりとも否定できない価値観」であるところの「夕陽」が、有用な「物差し」になる、ということだ。正しさの大いなる「規範」になるのである。
物事の正誤について判断しなければならないとき、夕陽の美しさはこの上ない手本となるのである。それが夕陽的であれば「正しい」し、夕陽から離れていれば「誤っている」と判断できる。
例えば、ヒトラーについて考えてみる。ヒトラーは「夕陽」に鑑みてどのような存在か? すると、答えは「夕陽的ではない」となる。それゆえ、ヒトラーは誤っていると判断できるのだ。
では、なぜヒトラーは夕陽的ではないのか? 次回は、そのことに述べていきたい。
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岩崎夏海
1968年生。東京都日野市出身。 東京芸術大学建築科卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として『とんねるずのみなさんのおかげです』『ダウンタウンのごっつええ感じ』など、主にバラエティ番組の制作に参加。その後AKB48のプロデュースなどにも携わる。 2009年12月、初めての出版作品となる『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(累計273万部)を著す。近著に自身が代表を務める「部屋を考える会」著「部屋を活かせば人生が変わる」(累計3万部)などがある。
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