「問いと応答」を行う際の「媒介」として機能する
ソシュールが起こした言語学的転回のひとつも、この問題と関わります。彼以前の言語論(命名論)が「もともと『わかれている』世界に、我々が『ラベル付け』を行うことが言語による『命名』である」と考えていたのに対し、ソシュールは「そうではない。我々が言語を用いて命名することによって、はじめて世界が『わかれる』のだ」と言いました。180度「命名観」を引っくり返したわけです。「言語」によって「世界」が「分節」されるということです。
(もちろん、「何でもかんでも好き勝手」に切り分けているわけではないと思います。我々の認識的・認知的な制約によって「制限」は与えられていると思います。目立つもの、目立たないもの、際立ちが与えられやすい外界の存在は、ある程度共通しています。
だから「何でもあり」ではない。「全く自由に分節を行っている」わけではない。「言語が全て」「何から何まですべての根本が『言語の分節』」というようなことを言いたいわけではありません。少なくとも、現時点の私はそのように考えてはいません。その点は誤解のないよう、ここで申し上げておきます。)
また、言語とは「目に見えない『存在』」に対して「問いと応答」を行う際の「媒介」として機能します。これも以前書かせていただきましたが、私が尊敬する牧師の方は、「『祈り』とは『問い』である」と仰いました。
「祈りによって神に『問う』と、必ず『答え』が返ってくる。それは誰にでも分かるような『目に見える』かたちで返ってくるわけではないが、日常生活の中で『これが神様からの答えかな?』と思えるような『答え』に出会う。そうした『問いと応答』を繰り返すうちに、我々クリスチャンは目に見えない『神』に対して、『イエス・キリスト』に対して『実在感』を持つようになる」
と。この場合、『答え』のほうには必ずしも言語が介在するわけではないと思いますが、少なくとも「祈りによって『問う』」ことには、言語が深く関係します。「聖書を読む」という行為自体も「祈り」の一部であると、その牧師さんは仰いました。
また、森田さんの数学のお話を伺うたびに私が思うのは、数学とは「目に見えない『存在』と向き合う行為」であるということであり、その点においては、数学は「信仰」と似ているということです。
数学者は「目に見えない数学的世界」に対して、計算や証明といった「問いと応答」を繰り返す。そうすると、必ず「辻褄が合うか合わないか」が明確にわかる。それが「正解」であれ、「不正解」であれ、必ず「答えが返ってくる」こと、そしてその「問いと応答」によって数学的世界に「実在感」を持つようになっていくということが、数学の本質のひとつであると森田さんは仰っていました。数学の「記号」は、我々が日常生活において使用する「自然言語」とは異なりますが、「ある種の言語」であることは間違いありません。このように、「信仰」と「数学」をつなぐ「問いと応答」という行為に、言語は深く関与するのです。
甲野先生や森田さんと出会ってから2年間、私は自分なりに、「何故、自分が言語を問うのか」「この私が言語を問うことにどのような意味があるのか」ということについて考え続けてきました。そして、「切る」と「切らない」という観点、「問い」と「応答」という観点から見ますと、「言語」について問うこと自体が、「科学」と「宗教」、そして「生」と「死」を問うことと「つながって」くるのではないかと、今では思うようになりました。そしてこれが、現時点での「私にとっての」言語を問うことの意味だと考えています。
田口慎也
※この記事は甲野善紀メールマガジン「風の先、風の跡――ある武術研究者の日々の気づき」 2012年03月19日 Vol.024 に掲載された記事を編集・再録したものです。
<甲野善紀氏の新作DVD『甲野善紀 技と術理2014 内観からの展開』好評発売中!>
一つの動きに、二つの自分がいる。
技のすべてに内観が伴って来た……!!
武術研究者・甲野善紀の
新たな技と術理の世界!!
武術研究家・甲野善紀の最新の技と術理を追う人気シリーズ「甲野善紀 技と術理」の最新DVD『甲野善紀技と術理2014――内観からの展開』好評発売中! テーマソングは須藤元気氏率いるWORLDORDER「PERMANENT REVOLUTION」!
甲野善紀氏のメールマガジン「風の先、風の跡~ある武術研究者の日々の気づき」
自分が体験しているかのような動画とともに、驚きの身体技法を甲野氏が解説。日記や質問コーナーも。
【 料金(税込) 】540円 / 月 <初回購読時、1ヶ月間無料!!> 【 発行周期 】 月2回発行(第1,第3月曜日配信予定)
ご購読はこちら
その他の記事
2022年夏、私的なベスト・ヘッドフォン(アンプ編)(高城剛) | |
「テレビの空気報道化」「新聞の空気化」とはなにか──ジャーナリスト・竹田圭吾に聞くメディア論(津田大介) | |
教育としての看取り–グリーフワークの可能性(名越康文) | |
チェルノブイリからフクシマへ――東浩紀が語る「福島第一原発観光地化計画」の意義(津田大介) | |
ポスト・パンデミックのキューバはどこに向かうのか(高城剛) | |
大揉め都議選と「腐れ」小池百合子の明るい未来(やまもといちろう) | |
ヒットの秘訣は「時代の変化」を読み解く力(岩崎夏海) | |
人生は長い旅路(高城剛) | |
「見るだけ」の製品から「作ること」ができる製品の時代へ(高城剛) | |
「交際最長記録は10カ月。どうしても恋人と長続きしません」(石田衣良) | |
日本が抱える現在の問題の鍵はネアンデルタール人の遺伝子にある?(高城剛) | |
働かないのか? 働けないのか? 城繁幸×西田亮介特別対談(前編)(城繁幸) | |
発信の原点とかいう取材で(やまもといちろう) | |
テープ起こしの悩みを解決できるか? カシオのアプリ「キーワード頭出し ボイスレコーダー」を試す(西田宗千佳) | |
9月は世界や各人の命運が分かれる特異月(高城剛) |