名越康文
@nakoshiyasufumi

名越康文メールマガジン 生きるための対話(dialogue)より

お掃除ロボットが起こした静かな革命

「より便利に」の歴史の流れに反する存在

すでにお使いの方はご存知のことでしょうけれど、お掃除ロボットというのは意外と「手がかかる」んです(笑)。ロボットがスムーズに動けるように障害物をなくしてあげたり、段差をなくしたり、充電器のところに戻りやすくしてあげたり。うまく動けないときは手動で動かしてあげたり。そういう「お世話」をしてあげないと、上手に掃除をしてはくれない。

お掃除ロボットというのはそういうものであって、うちの母親も、そのことを楽しんでいました。でも、「家電」というジャンルにおいて、「手がかかる」というのは本来、「あってはならない」ことだと思うんです。

「三種の神機」という言葉もありますが、20世紀というのは「家電の時代」でした。冷蔵庫、洗濯機、掃除機、電子レンジ……次々に登場する新しい家電によって、僕たちの生活は飛躍的に「便利」になった。「便利」というのは、言い換えると「人間の手間や労力を減らす」ということです。

さまざまな家電が普及することによって、それまで大変な労力がかかっていた作業が、ボタンひとつでできるようになった。家電の歴史というのは、僕たちの生活をいかに「便利」なものにするか、という歴史でもあったわけです。

ところが、ロボット掃除機というのはそういう歴史の流れに、ある意味では反した存在といえると思うんです。もちろん、掃除自体はロボットが毎日勝手にやってくれるので、その側面だけみれば「便利」にはなっている。でも、お掃除ロボットと人間の関わり(関係性)という点でみれば、むしろ、ロボット掃除機というのは、人間の手間や労力をある意味では「増やす」存在になってしまっている。

「手間や労力が増えるんじゃ、使う意味ないじゃないか」と思われるかもしれません。でもこれは実は、家電の歴史において、革命的な出来事だと僕は考えているんです。

なぜなら、「手間や労力がかかる」ということは、同時に、人間からコミュニケーションを引き出す、ということでもあるからです。

ロボット掃除機がコミュニケーションを賦活する

家電が普及し、生活の利便性が高まる中で僕たちが失った「コミュニケーション」を、ロボット掃除機という「手がかかる家電」は取り戻そうとしているように僕には見えます。

もちろん、「コミュニケーション」といっても、ロボット掃除機が言葉を話すわけではありません(言葉を話す家電、というのもありますが、それはまた別のお話)。でも、ロボット掃除機というのは、それを使う人間に、世話を焼かせたり、語りかけたりさせる力を持っている。いわば使う人間をインスパイアする家電なのだと思うんです。

ロボット掃除機は、こちらが世話をやかないと、ちゃんと働いてくれません。それをみると、人間はどうしても世話を焼きたくなるし、語りかけたくなってくる。うちの母親なんて、何かあるたびに「あー、そっちじゃないよ! こっちこっち!」「あ……そこ、通れる?」と語りかけていましたからね(笑)。

そうやって声をかけたり、世話をしたりしているうちに、そこには自然と愛着も生まれてくるし、家族に対するのと同じような情愛すら、生まれてくる。使っているうちに、どんどん関わり(関係性)が深くなってくる、ということです。

以前、家電の修理センターで修理を依頼される家電の中で、ロボット掃除機の割合が非常に高いという話を聞いたことがあります。それくらい、ロボット掃除機というのは、人に思い入れを持たせる力を持っている、ということなのでしょう。

いずれにしても、これは非常に面白い現象だと僕は思いました。家電というのはそもそも、人から労力を取り除き、人間の生活を便利にするはずのものだった。そして実際、家電が普及するにつれて、人間の生活はどんどん便利になっていった。

ところが、そこには副作用もあった。便利さを追求した家電が世の中に広まるにつれて、人々はどんどん自分から身体を動かさなくなり、身体を弱らせ、人と話すのが億劫になり、コミュニケーションが滞るようになった。

しかし、そこにきて他ならぬ家電の進歩の最先端に登場したロボット掃除機が、僕たちの生活の中に新たなコミュニケーションを呼び込み始めた。「使っている人間に気を使わせる家電」というのは、僕は本当に面白い存在だと思うし、心理学的な意味で、冗談抜きで革命的だと思ったんです。

 

名越康文メールマガジン「生きるための対話(dialogue)

2015年6月15日 Vol.102
目次

00【イントロダクション】「疑う力」を失った現代人
01【近況】お掃除ロボットが起こした静かな革命
02【コラム】できるだけ若いうちに知っておくといい「本当の」愛の話
03精神科医の備忘録 Key of Life
・「思い」を越えよ
04カウンセリングルーム
[Q1]子育て中の妻にイラついてしまう
[Q2]体癖の偏在について
[Q3]仲間から一目置かれたい
05講座情報・メディア出演予定
【引用・転載規定】
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名越康文
1960年、奈良県生まれ。精神科医。相愛大学、高野山大学、龍谷大学客員教授。 専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:現:大阪精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、1999年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。 著書に『「鬼滅の刃」が教えてくれた 傷ついたまま生きるためのヒント』(宝島社)、『SOLOTIME~ひとりぼっちこそが最強の生存戦略である』(夜間飛行)『【新版】自分を支える心の技法』(小学館新書)『驚く力』(夜間飛行)ほか多数。 「THE BIRDIC BAND」として音楽活動にも精力的に活動中。YouTubeチャンネル「名越康文シークレットトークYouTube分室」も好評。チャンネル登録12万人。https://www.youtube.com/c/nakoshiyasufumiTVsecrettalk 夜間飛行より、通信講座「名越式性格分類ゼミ(通信講座版)」配信中。 名越康文公式サイト「精神科医・名越康文の研究室」 http://nakoshiyasufumi.net/

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