(津田大介氏より)
お医者さんといえば、壮絶な受験戦争を勝ち抜いたエリートで、しかも医師免許を取ってしまえばその後は安泰というイメージをおもちの方も多いはず。しかし一見順風満帆に見えるお医者さんたちにもキャリアに関する悩みをもつ人が増えているんだとか。なぜ悩めるドクターが増えているのか? そしてその解決方法とは? これまで500人以上の医学生や医師のキャリア相談に乗ってきた医師専任キャリアコンサルタントの中村正志さんとライターのオバタカズユキさんをお迎えしてお話を伺いました。
医師専任のキャリアコンサルタントとは?
津田:今日は、『医師・医学部のウラとオモテ 「悩めるドクター」が急増する理由』(朝日新聞出版)の著者である医師専任キャリアコンサルタントの中村正志さんと、この本の企画・編集にも携わられたライターのオバタカズユキさんをお迎えして、「なぜ悩めるドクターが増えているのか」について、お話をしていきたいと思います。中村さん、オバタさん、よろしくお願いいたします。
中村・オバタ:よろしくお願いします。
津田:まずオバタさん、この本の企画・編集に携わられたということですが、お2人の出会いについて伺ってもよろしいでしょうか。
オバタ:私は編集もやりますが、本業はライターです。そのライターとしての仕事で、雑誌『プレジデント』の「病院の裏側」という特集の記事を担当したんです。医療の仕事のハローワークというくくりで、医療の仕事に携わっている方々の実態、つまり給料ややりがい、辛さなどを探ってくれと。そのときに医師、看護師、薬剤師の話を扱おうと思ったのですが、当事者に聞いても半径5メートルしかわからない。それで、いろいろな医師と会っていて全体を俯瞰してわかる人を探していたときに、『プレジデント』の担当編集者が医師の転職コンサルタントをしている中村さんを紹介してくれたんです。
津田:そうなんですね。
オバタ:中村さんが2013年から「東洋経済オンライン」で連載していた「金もちドクターと貧乏ドクター」を読んだら、それが面白くて。実際にお会いしたら、すごくオープン。かつ、私の本を読んでくれていた方だったんですよ。それで話が盛り上がり、その場で「本つくりませんか?」という話になったんです。そういうこと、めったにないんですけどね。
津田:この本、僕も読ませていただいてすごく面白かったのですが、まず類書がないな、と思いました。ここ10年ぐらい医療崩壊本みたいなものがブームで、医療業界の危機を煽る本というのはたくさんありましたけど、今回の本のように、危機的状況に触れつつも、どんどん変化している医療界の状況を解説した本はなかったと思います。産科がやばいとか小児科医が大変といった「よくメディアで報道される知識」で止まっている人の認識をちょっとアップデートするような本でもあって、だからこそオバタさんが「世に出そうよ」と思ったのかなと。
オバタ:読み込んでいただけていますね。まさにそんな感じです(笑)。
津田:中村さん、医師専任のキャリアコンサルタントというのは、なかなか聞きなれない職業ですが、これはどんなお仕事なのでしょうか。
中村:私の主な仕事は、医師の転職支援です。医師のキャリア相談・転職相談を受けて、希望に合った求人先をご紹介しています。また、医師は結構アルバイトをするんですけれども、そのアルバイトの紹介もわれわれがします。「医師専任」とうたっている理由は、医師の転職は他の業種と違って、非常に特殊性があるからです。医師は派遣ができないこともあり、紹介しかできない。また医局がからむ転職だと医局にバレたらダメとかですね、非常に秘密裏に動かないといけない。そうなると、普通のキャリアコンサルタントがやってもたぶんうまくいかないので、専任できちんとやらないといけないと思ったんです。「医師専任キャリアコンサルタント」と名乗っているのは、もしかしたら業界のなかで私だけかもしれないですね。
津田:特殊な事情に精通している人が、それをわかったうえでアドバイスをするということなんですね。いまニコ生視聴者から「じゃあ閉鎖的な世界なのかな」というコメントもありましたが、医療業界は、ある意味で閉鎖的な部分もありますよね。
中村:そうです。
津田:この本にも書かれていますが、そういう閉鎖的に見えるところが、逆に言うと全国これだけ安い料金で、あまねく地域医療も含めて高い水準を保っている、その源泉にもなっているということもあると思います。あと、この本、僕がいいなあと思ったのが、「医療業界はこうなるべきだ」みたいな提いとか、そういう大上段の構えではないんですよね。
オバタ:そうですね。
津田:悩んでいる人が、個々にとって最適な場所を選べばいいっていうような。こういった点が、医療本の中でも新しいと思ったんです。オバタさん、本をまとめていくうえで、工夫した点とか、こういう本にしてみたいと思ったことはありましたか。
オバタ:実用書という意味では、いま高騰している医学部人気というのは意識しました。ほんの10年くらい前は、私大だったらお金を積めば入れるような医学部があるイメージってあったと思うんです。
津田:かつてはそうでしたね、僕らの子どものころは。
オバタ:でもいまは、いちばん下の私立の医学部でも早慶の理工に入るぐらい難しい。
津田:要するに、医者のボンボンだったら誰でも医学部に行けた時代ではなくなったってことですね。
オバタ:そうですね。あと、勉強ができれば医学部を受けさせるっていう高校が、中高一貫校を中心としてものすごく増えてきているので。
津田:最近だと、息子を東大の医学部に入れたママの話がだいぶ話題になっていたりとかね。それぐらいステータスにもなっているってことなんでしょうね。
オバタ:弁護士が食えなくなった話なんかいろいろ聞くと、なおさら「最後のプラチナ資格」みたいなイメージがあると思います。
中村:職業としてのエリートの唯一守られたところなんですね。
オバタ:医師免許を取ればほぼ食える。だから人気が集中する。人気が集中するがゆえに、医学部に入ること自体が目的になる。受かることが目的になってしまっているから、医学部に入ってから、研修生になってから、勤務医になってからどうなるかってことが、医学部受験生の中でオミットされているんですね。
津田:僕は最初、「なんでオバタさんが医療?」と思ったんですけど、本を読んでわかったのは、この本、ざっくりいってしまえば「医学部生向け『大学図鑑!』」だなと。オバタさんがずっとやられていた図鑑シリーズの方法論が、どこか応用された部分もあるのかなと思ったんですけど。
オバタ:その世界での常識をそのまま外の世界に伝える、という意味ではそうですね。それプラス、さっき津田さんがおっしゃっていた医療問題の件もあります。マスメディアがその危機の部分ばかりにフォーカスしちゃって、医療業界全体の普通の実態が意外と伝えられていない。業界の病理ばっかり見ちゃって。そうすると結構、「違うんだけどね」っていうところがあるんですね。
津田:教師とかと並んで、医師は社会的評価も高いし、やっぱり聖職と思われがちなぶん、いままでのお医者さんは、ワーク・ライフ・バランスをほとんど無視しないとできないみたいなところがありましたよね。それが時代の流れとともに変わってきているということもよくわかります。
中村:そうですね。医療界の中ではある程度常識化していることが、一般社会に届いていない。それこそマスメディアが表面上だけの問題を追ってしまうんですね。
津田:著者個人の話を伺いたいんですけど、中村さん、新卒ではどういったお仕事に就かれたんですか? いまの仕事に行き着いた経緯を教えていただけると。
中村:新卒で入ったのは旅行会社です。
津田:そもそも医学部に行ったわけではないんですね。お医者さんを志したことはありますか?
中村:一切なかったです。添乗で世界中をまわりたいと思って旅行会社に入ったのですが、旅行業界が価格競争に入った時代でして、入社して5年で会社はつぶれてしまい……。
津田:自分がいた会社がなくなると、途方に暮れますよね。
中村:だから海外に逃亡しまして、フランスに留学しました。帰国後にフランス系の商社に入ったのですが、上司にいじめられて1年で退職しまして。ただ、この経験から、経営についてわかってないと上司に反論もできないとわかりまして、中小企業診断士の勉強をして、経営コンサルタントになったんです。
津田:かなり紆余曲折があったんですね。
中村:キャリアコンサルタントというのは、私のように結構悩んでこの職に就いた人が多いですね。新卒でキャリアコンサルタントっていっても、あまり共感できないんじゃないかなと思います。
津田:そうですね。うまくいった転職もあれば、失敗した転職もあるでしょうから、そういった経験があるからこそいろんな人の相談に乗りやすい部分もありますね。では、いまの仕事につながるところでいうと、その経営コンサルタントを始めたところから。
中村:そうですね。前職の経営コンサルタント会社時代の同僚と、2004年にいまの会社を起業しました。その2004年に、医師臨床研修制度の必修化、義務化が行われたんです。
津田:ああ、この本でも何度も出てくる……。
中村:その研修制度の必修化によって、医局が崩壊し、医師の流動化が進むだろうという予測はありました。
津田:他の業界と比べて、医師の人材流動の特殊な点はどんなところでしたか?
中村:医局ですね。転職したい医師たちも半分くらい大学の医局に所属していて、なかなか抜けられない。医局じゃないとキャリアが積めないとか、医療界特有のしがらみというか事情があると。
津田:たぶん日本の医療界を象徴するのがこの「医局」というシステムだと思うんですが、あらためて医局とはどういうものなのか、説明していただけますか。
中村:医局講座制といって、大学の診療科ごとにある組織的な集まりです。そこで共同研究をしたり、先輩が後輩を教えたり、診察をする。
津田:例えば総合だったら内科、外科、泌尿器科とか診療科それぞれ医局があって、1つの大学にたくさん医局があるわけですね。
中村:そうです。
津田:医学部がある大学には付属の病院もあって、つまり大学であり病院であり研究施設でもある。どの病院に医師を派遣するかといった、人事や人材派遣の機能も医局が担っている。
オバタ:そこを束ねている頭脳みたいなものが医局、というイメージがありますよね。教授を頂点とした『白い巨塔』の世界。
中村:各診療科の医局のなかで、ピラミッドができているような感じです。
津田:そのピラミッドの上のほうへ登るには、どういう条件が必要なのでしょうか。
中村:よくいわれていることは論文の数とか。
津田:そこについては一般の大学教授と同じような世界なんですね。そうなると、あの教授に覚えめでたくなかったら論文がリジェクトされて、といったことも結構あったりするのですか。
中村:ありえると思います。
津田:そういう意味では、医局って非常に日本的な制度でもあるっていうことなんですね。さっきコメントで、「医者は大変といっても、忙しさって科によるんじゃないの?」とありましたが、これは確かにそうなんですか?
中村:確かにそうですね。
津田:診療科によって大変さは違うと思いますが、いちばん典型的な医師の悩みっていうのはどういうものが多いんでしょうか。
中村:典型的なのは、仕事のハードさに対するやりきれなさ。自分が描いていたような充実した毎日が送れないという悩みです。
津田:やっぱり労働時間が多くて、それだけ仕事が多いってことですか。
中村:労働時間プラス、患者さんとのやりとりの中での心労的なもの。
津田:コミュニケーションとかね。
中村:あとは単純にやることが多すぎるというのもあると思います。若いころは、覚えないといけないことが特に多いですし。そういう環境の中で、プレッシャーに押しつぶされていく。
津田:まさにいま良いコメントがあって、「じゃあ医者が望むキャリアってどんなものなんだろう」と。「報酬や待遇の向上? それとも職場環境の改善? それとも家庭での時間を増やすことか?」っていう。医師によって全然違うことでもあるでしょうけど、いかがでしょうか?
中村:最近象徴的なのが、みなさん院長にはなりたくないって言うんです。
津田:病院長ということですね。
中村:私が医師の転職支援をやり始めた2004年ころは、40~50代ぐらいの先生が民間病院の副院長や院長を希望されて転職するというのが結構多かったんですが、最近は全然聞かないんです。
津田:なぜですか?
中村:いままでは、院長というと名誉職で何もやらなくても高収入。医局の教授が天下りするケースも多かったんです。ただ最近は、経営のかじ取り役も実務も、診療もしないといけない。しかも悪いことをやったら頭を下げないといけない。そういう世間の目も厳しくなってきているなかで、上の役職を目指さなくなっていった。特に顕著なのが若者で、それは一般の社会と連動していると思います。
津田:ガツガツ働いてワーク・ライフ・バランスが崩れるようなら上を目指さない、ということなんですね。
中村:若者層は特に。やりがいをもってしても、家庭は大切にしたいと。
津田:家庭の話にも関係しますが、この本でも何度も書かれていたのが女性の医師がすごく増えているということ。やっぱり男性と女性では、キャリアに関する悩みはそうとう違うのでしょうか。
中村:転職ということでいうと、家庭との両立ができるところ、時短勤務のできるところを求める傾向があります。いわゆる仕事量を少なくしたいという点に主眼が置かれるんです。一方の男性医師は、やりがいとかキャリアアップを目的とした転職希望が多いですね。
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