猪子 美術館や映画館で人間が立ち止まって、自分を一箇所に固定して鑑賞するのは、絵画や映画がそういうメディアだからというより、一つの視点から風景を眺めるパースペクティブを前提としているからなんだよ。つまり、人間を移動できなくしているのは、パースペクティブの存在にあるんだと思う。
でも、超主観空間は違う。さっきのカラスのアニメーションで、走り回りながらでも踊りながらでも見ることができるのは、まさに超主観空間だからなんだよ。子供たちがそういう鑑賞をしてくれるのは、彼らは大人と違って常識に凝り固まってないから、すぐに適応してくるからだと思う。
▲『追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして分割された視点 – Light in Dark』の中を走り回る子供たち
宇野 つまり、パースペクティブが鑑賞者の位置を固定する性質を持つのに対して、超主観空間は鑑賞者の位置を固定しない。
猪子 しかも、超主観空間は各々の鑑賞者を中心に絵の中に入ることができるから、特権的な鑑賞者がいないんだよね。どの位置にいる人間でもその絵画の世界に、その人中心に入り込んでいけるような、平等な世界なんだよ。 もうちょっとだけマニアックなことを言うと、たとえばさ、巨大なアートにすごく近づいたとするじゃん。そうするとアートの一部分しか見えなくなるけど、超主観空間の場合は、そこだけ切り取っても空間として成り立つのね。切り取った部分を再変換して空間に戻せる。 でも、パースで構成された写真を大きくして一部分だけ見たとしても、それは空間には戻せないんだよね。
超主観空間は一部を切り取ってそこだけを空間に戻せる。だから一部しか見なくてもいい。つまり、すごく近づいて見てもいいし、すごく離れて見てもいい。鑑賞者がどう動こうが、その人に見えている世界の中心には常に自分自身がいる。で、その作品がインタラクティブになったとき、複数の鑑賞者たちは、ほかの鑑賞者たちの行動によって自分の世界が影響を受けて変わっていく、という体験をするんだよね。
それでも、その人が見ている世界の中心にいる、という状態は変わらない。つまり、みんながいろんな場所で一つのアートを見てるんだけど、みんな自分が中心でいられる。それが超主観空間ってこと。これって絵画の世界に見えてる範囲だけで入り込んでいるとも言えるんだよね。同時にいろんな人がその作品にインタラクションをしていたとしても、鑑賞者たちの間で優越なく、自分中心に作品の内部に入り込める。まわりの人たちの変化が間接的に自分の見えてる世界に影響を与えているような、そういう特徴があると思っているのね。
宇野 パースペクティブのように遠近法的な整理がされていない、つまり中心がないということは、どこから作品を眺めて、どの部分に感情移入しても自分が主役になれるということだもんね。しかも、それって、コンピュータが可能にした多次元なアクセスを前提にしていて、それが猪子さんの考える「秩序なきピース」と深く結びついている気がするな。
椅子に固定されない身体の知性
猪子 そういう意味で、僕は最近「身体的知」という概念を考えているんだよね。
たとえば、これまでの学校や知的な訓練って、身体を固定して、もっと具体的に言えば椅子に座って働かせる知性なんだと思うんだよ。
宇野 なるほどね。
猪子 「図書室は静かに」というじゃない。この言葉に象徴されるように、従来の知性というのは、まさに美術館でパースペクティブのある絵画を見るときのように身体を固定して、他者も意識していなくて、インプットの情報量がほとんどない中で大脳をフル回転させる知性なんだよね。そもそも文章や記号というもの自体が、情報量としてはバイト数のほとんどないものだしね。でもさ、一方でたとえば、「IQよりも社会性のほうが社会的成功には関連性がある」みたいな主張の論文なんかがあるんだよ。
それって、「社会性」がバズワードになっているだけで、要は椅子に座っていなくて、図書館みたいな特殊な状況ではない――外部からのインプット情報が極めて多くて、目も耳も感覚を全て使っているような――状態での、人間の能力のことなんじゃないかな。
とすれば、その「社会性」というのも、僕は絶対に「知性」の一種だと思うんだよね。そして、その状況での「知性」というのが意図的に訓練されていない気がしてるんだよ。
(……続きは、『ほぼ日刊惑星開発委員会』vol.531〈猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第6回 「もう一つの“体育”で、『身体的知』 (身体を固定しない“知性”)を鍛えたい」 にてお読みください)
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