※メールマガジン「小寺・西田の金曜ランチビュッフェ」2017年9月1日 Vol.140 <行ってみないとわかんない号>より
筆者は普段から複数のヘッドホンを使い分けて生活している。サイズやノイズキャンセルの有無、音質など、生活シーンに応じて適切なヘッドホンがある、と思っているからだ。もちろん、「色んなヘッドホンを使いわけることそのものの面白さ」があるのは間違いない。
特にこの1年は、結果的に、アップルの「AirPods」を使っている時間が長かったように思う。AirPodsといえば「完全ワイヤレス型」でコンパクトなヘッドホン。ワイヤレスの自由さは魅力であり、仕事中・移動中など、音質よりも自由さが大切なシーンでは、特に使い勝手がいい。
だが、実際のところ、AirPodsを使う時間が増えた理由は、なにも「完全ワイヤレスだから」ではない。ワイヤレスヘッドホンの持つ宿命ともいえる「Bluetooth接続」に関する仕様が優れていたからだ。どうもこの辺の話はあまりまとめられていないようなので、ここで改めて解説をしておきたく思う。
機器から出る「音」を聞きたいシーンはどんどん増えている。音楽はもちろんだが、YouTubeなどの動画を再生したい時も、過去に比べ増えている。昔は、仕事中にYouTubeを見るのは「息抜き」のようなところがあったが、今は、色々な資料が動画で送られてくるからだ。また、ニュースについても動画でシェアされる場合が増えている。考えてみれば、3年前はこんなに「音楽以外の音を作業場必要とする」ことは少なかったように思う。
筆者はスマホやオーディオプレイヤーで音楽を聴きつつ、PCやタブレットで作業をすることは多いのだが、そこで「ヘッドホンの再生対象機器を切り換えたい」と思うシーンが増えているのに気付く。「だったら音楽も最初からPCで再生すればいいのに」と思うだろうが、音質や操作性などの点で機器を分けた方が使い勝手が良かった。複数の機器を持ち歩くことは多いが、ヘッドホンを複数持ちあるくことはまずない。だから、使いたい機器にヘッドホンを「切り換える」ことは必須である。
そして、もっとも大きな問題であったのが、「ワイヤレスヘッドホンを使う時の接続の手間」だ。
わかりやすいよう、一例を出す。
PCにBluetoothヘッドホンをつないで作業したのち、ヘッドホンの接続をスマホに切り換える……としよう。
多くのBluetoothヘッドホンでは、まずPCでBluetoothのメニューから接続を「切り」、その後、スマホ側で改めて「接続」する。PCでの作業が必要になるわけだ。
ところが、AirPodsではこれがかなり簡便になる。スマホ側で「接続」するだけだ。すると、すでに接続されているPCの側は勝手に「切断」される。PC側での作業は不要だ。
まあ、PCなら「電源を切る」ことでBluetoothの接続は切れるから、移動する際に切り換える程度なら、PC側での作業を省くことができる。だがタブレットの場合だと、スマホと同じようにBluetoothには常時接続しているので、「切り換え」作業が発生する。Bluetoothヘッドホンでは、その手間が面倒で、PCとスマホの間でヘッドホンの接続をあまり切り換えたくない……というのが現実だった。有線の方が目に見える分だけ、よほどわかりやすい。AirPodsの仕様は、「使いたい機器につなぐ」という、より自然なものだ。
もちろん、こうした問題は前から指摘されており、いくつもの解決策が示されてきた。
Bluetoothは「マルチポイント」という、複数の機器を同時につなぐ機能を規格としてもっている。これなら、切り換えはそもそも不要だ。
しかし、マルチポイントは、正確に言えば「プロファイルの複数接続を許す」という形だ。元々は、オーディオ機器と携帯電話を同時に接続し、音楽再生と電話の待ち受けの両方を同時に実現する……という意味合いである。電話とオーディオ機器できれいに使いたい用途が分かれているならいいが、そうでないとなかなかに面倒なことになる。
マルチポイントには、すべてのBluetooth機器が対応しているわけではない。「オーディオ(A2DP)をいくつ同時に接続できるか」「通話(HFP)をいくつ同時に接続できるか」によって、同時に使える機器の性質が変わる。「オーディオと通話がそれぞれ1」だと、2つの機器から同時にオーディオの再生はできない。「オーディオが2で通話が1」なら、オーディオは2つの機器から同時に音を鳴らし、電話の待ち受けもできる……ということになる。
「なんだか小難しくて頭に入ってこない」
そう思った方、正解だ。技術的には真っ当なやり方なのだが、とにかくわかりにくい。なにより問題なのは、Bluetoothのヘッドホンによって、マルチポイントの対応状況が異なっている上に、その詳細がカタログなどにきちんと記載されていない場合が多い……ということだ。わかりにくいがゆえに使われておらず、優先度が下がっている機能、という印象が筆者には拭えない。
この点を、別の力業で解決していったのがソニーだ。ソニーはNFCを使い、タップするとペアリングと接続の作業が行われる……という仕組みを広く採用している。別にソニーの独自技術ではなく、NFCとBluetoothの仕様に基づく実装なので、今は多くのスマホで使える。ただ、ヘッドホンに熱心に採用しているのは、今はソニーくらいなのではないだろうか。この方法は「タッチすればつながる」ので、接続切り換えの手間が非常に小さくなる。そういう意味では良い解決策なのだが、問題は、「NFCに対応した機器でないと使えない」ことだ。Androidスマホなら問題ないが、iPhoneはNFCを搭載していてもそういう使い方はできない。PCについては、NFCを搭載する機種がいまやほとんどない。「1台のスマホを複数のスピーカーやヘッドホンで使う」にはいいが、「1台のヘッドホンを複数の機器で使う」には向いていない。
結局、AirPodsの実装が、筆者の求める使い方には一番向いている……という結論になる。
AirPodsのアプローチの欠点は、「通話の待ち受けと音楽再生を、別の機器で同時に行う」のが難しいことだ。マルチペアリングと違い、接続を切り換えているから当然ではある。一方アップルは、通話待ち受けの問題を独自の機器連携で実現している。iPhoneへの着信をiPadやMacから受けられるようになっているので、iPhoneで待ち受ける必然性が薄いのである。この辺の割り切り・切り換えもあって、あえて「マルチポイントのことは忘れて切り捨てる」ような実装になっているのだろう。それはそれで、なんともアップルらしい。
AirPodsはアップルの製品で、iPhoneやMacなど、アップルの機器とつなぐ時にもっともわかりやすくなるように作られている。「iPhoneにAirPodsを近づけるだけでいい」というUIがその典型で、AirPodsの使いやすさは、主にその観点だけで語られてきた。
だが、「接続すると前の機器との通信を切る」という挙動については、AndroidやWindows PCとつなぐ時でも同じように働いているようだ。だから、WindowsやAndroidだけ、もしくはアップル製品との混在環境でも問題なく使える。
(ただし、動作保証はなく、筆者もすべての機器で試したわけではない点をご了承いただきたい)。
そもそも、ここまで紹介した要素はAirPods独自のものというより、AirPodsに採用されたアップルのBluetooth制御チップ「W1」の仕様であるようだ。だから、W1を搭載したBeatsブランドのヘッドホン、BeatsXやBeats Solo3 Wireless、Powerbeats3でも同じように働くと思われる。
音質やバッテリー動作時間とは違う、いかにも「地味」なところだが、使い勝手という面では、1年前に比べ明らかな進化だと感じる。
ただもしかすると、自分には把握できていないだけで、他のBluetoothヘッドホンでも、似た仕様のものがあるのかも知れない。カタログなどでは見えてこない、使わないとわからない部分なので、正直あまり情報がない。そうした日常的な使用感も含め、Bluetoothヘッドホンの評価は、もう少し変わるべきなのだろう、と反省している。
まあ本当は、W1がもっている「切り換え」すら不要で、手持ちの機器すべてと同時接続できるのが理想なのだけれど……。
小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」
2017年9月1日 Vol.140 <行ってみないとわかんない号> 目次
01 論壇【小寺】
北京で見た、新しい中国
02 余談【西田】
AirPodsから考えるBluetoothの「切り換え」問題
03 対談【西田】
MastodonからYouTuberまで。松尾公也さんと語る「情報発信」のカタチ
04 過去記事【小寺】
洗濯の効率化、抜本的手段に出る
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと
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