やまもといちろうメルマガ「人間迷路」より

偉い人「7月末までに3,600万人高齢者全員に2回接種」厳命という悩み


 数カ月前に「48歳おめでとう」と家族でお祝いしてもらったのに、いまでは20代でもやらんような徹夜仕事に従事しています。もちろん、お声がかかるのはありがたいですし、年甲斐もなく遣り甲斐を感じる仕事ですからそう苦でもないのですが、さすがに「物事を推し進めるために二日連続で徹夜を強いられる」とか「朝に伝えられた方針に基づいて各種調整をし、難渋している先さんを説得して道筋をつけ段取り通りスケジュールを切っていたら、夕方になって全く逆の方針を打ち出されて頭の中が真っ白になる」などという理不尽な経験をさせていただけるのはありがたいことです。

 中でも、既に大きく報じられましたが、総理大臣の菅義偉さんが「7月末までに3,600万人高齢者全員へワクチンを2回接種完了する」という壮大なスケールでの方針策定が出て、現場はとんでもないことになっています。

 もちろん、努力目標なのであって、必ずしも厳守でなくても構わないでしょうし、高齢者やご家族の中にはワクチン接種に不安を感じて接種そのものに後ろ向きな人もおられることは間違いないのです。先日も、4回に分けて「ワクチン接種を希望しますか」のアンケートを取ったところ、概ね8%ぐらいの高齢者はワクチン接種の機会があっても自分からは接種しない意向であることが分かっています。個人的には2割近くおられるのではないかという体感だったのですが、蓋を開けてみたらワクチン忌避の態度を取る高齢者は一割に満たない程度だったことを知り、日本の高齢者は日本の医療制度を信頼しておられるのだなあということを肌で感じるのであります。

 他方、信頼されている側の医療機関は、もうかなり疲弊してしまい、大変なことになっているのは間違いありません。接種会場の手当てや接種可能な職種を増やしてワクチンの打ち手と打つ場所を完備して、とにかく日量100万回の接種をできるよう6月中旬までにどうにかするという方針でアクセルが地べたまで踏まれています。私も、とにかくワクチン接種を優先するという政府方針には賛成です。必要なことなので、できる限りどんどん接種を進めて集団免疫を構築し、一人でも多くの国民がコロナから守られるようにするのが政府の役割とするならば、それは本当にもろ手を挙げて賛成なのです。

 目標が決まれば「おいコラ」で物事が進むのは日本政府も光通信も変わりませんが、結果として現場には負担が大きくかかります。もう少し事前にきちんと準備ができていればよかったのに、と言われることも一再ならずあり、ワクチン調達の基本合意から数量策定、ハンドリングの調整まですべて終わって見れば、実は肝心の接種会場と接種できる医療関係者の手配が終わっていなかったというのは何のギャグなのかという話にもなりかねません。

 また、私もワーキンググループや有識者会合では何度も提言してきました通り、トレーサビリティについては日本は完全に後手に回って、単に国民にワクチンを打つだけの「消費者」になってしまっています。先般、塩野義製薬さんなどがワクチン開発に意欲的な報道がありましたが、国策として、今後もいつ出てくるか分からない感染症対策のために、国内で戦略物資の最たるものであるワクチンを開発でき、海外製薬会社の顔色をうかがうことなく自前の物資を調達できるようにしておくのも重要なことです。

 さらには、去年の給付金支給騒ぎでもありましたが、政府には国民の情報がありませんので、そこに対して政策的手当てをつけようということでいま猛烈にそのあたりの調整を始めています。ところが、問題解決のための道筋を付けるのが必要だ、ということが分かっていてなお、実は来年の夏まで具体的な制度としては国民の健康情報や口座番号などの情報を一元管理することはできません。今回のコロナ騒ぎで第5波が夏に来るよ、オリンピック後にワクチン接種したのにコロナに罹ってしまうブレークスルー感染者が発生するかも知れないよといっても、これらを追いかけることが不可能になってしまいかねません。

 どうにもならないので、どうにかしましょうよという対応を求める請願を有識者や有志、業界関係からどこどこ永田町や霞ヶ関に上げていますが、まるでボールに群がる小学生のサッカーのように、ボールがこぼれたときどうするのか、先を見据えてエリアを埋める動きをするという仕事ができていないのが難点であるなあと思います。

 思い返せば10年前、少しの間でしたが復興庁で統計処理の仕事をシンクタンクからの委託で受けていたときに、低線量被曝が健康に与える長期的影響を調べたいと起案したことがありました。公衆衛生の一丁目一番地として、いままで分かっていなかった事柄を長期的に調べることが、将来的には大きな意味や価値となって跳ね返ってくると頑張って騒いでいたわけですよ。

 ところが、ご存じの通り低線量被曝に対する広域調査、長期的なモニタリングの仕組みはついに構築されることなく、事故後、7年8年と経っても、いまだに甲状腺がんがどうだこうだという過剰診療による健康被害報告が上がってきてしまいます。あのときちゃんとやっていれば、と思うのですが、いまだにそれができないままにいるのは日本の有識者や医療関係者、公衆衛生を担う人たちの不明とも言えます。

 なので、あのときにやりのがした大事なことを、今回も手落ちにしてしまってトレーサブルにできないというのは将来に向かって大きな禍根を残すと思うので、最低でも公的な接種証明ができるワクチンパスポートや、接種を終えた人の長期的影響を見るためのヒトのトレーサビリティ、さらには人流を抑えるためのロックダウンの政策的根拠を築くためのマイクロシミュレーションぐらいまでは手当てしておきたいと思ってあれやこれや運動しているんですけれども、どうなるのでありましょうか。
 

やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」

Vol.Vol.333 我が国のコロナ対策行政にかかわって思うことや、壮大な濡れ衣話、国際政治に翻弄されつつあるSNSなどについて語る回
2021年5月1日発行号 目次
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【0. 序文】偉い人「7月末までに3,600万人高齢者全員に2回接種」厳命という悩み
【1. インシデント1】「それ、ボクじゃありません」スペシャル
【2. インシデント2】国際政治の中で色々と責任を負わされつつあるSNSはどこへ向かうのか
【3. インシデント3】コロナ下の結婚観と出生数減少の微妙な関係について
【4. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A

 
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やまもといちろう
個人投資家、作家。1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員を経て、情報法制研究所・事務局次長、上席研究員として、社会調査や統計分析にも従事。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。日経ビジネス、文春オンライン、みんなの介護、こどものミライなど多くの媒体に執筆し「ネットビジネスの終わり(Voice select)」、「情報革命バブルの崩壊 (文春新書)」など著書多数。

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