私が2ちゃんねるに関わっていたのはかなり昔の話ですし、周辺の人間関係は続いているものの主体的に何かをすることはないので訊かれても困るわけですが、私のクライアントさんの代理人経由でアメリカの捜査当局から4chanや8kunの実情についてのヒヤリングがありました。
さらにWiredで記事を書かれ、関係者もメディアに喋っているのならばある程度は語ってもいいのかと思うわけですが、記事中は2ちゃんねる→5chの仕掛けをやったジム・ワトキンスさんよりも4chanのスポンサーシップとして、グッドスマイルカンパニー社の安藝貴範さんの名前がアメリカでの公判で出たようです。もっとも、知り得る限りスポンサーシップと言っても頼まれて面白そうだからとカネを出したに過ぎない話なんじゃないかと思うのですが、他方で4chanは目下アメリカ政治を揺るがす最悪のサイバー犯罪の温床となったとまで言われてしまうほどなので、これほんとどうするんだというのはあります。
4chanがなぜこんなに問題視されてるのと日本の人は牧歌的に考えているようですが、このバックグラウンドはもともとは「Q」と名乗る匿名の投稿者が4chanにおいて「自分はディープステートの陰謀の詳細をよく知る政府高官だ」と騙り、それを一部の人たちが熱狂的に信じ始めたのが始まりでもあります。ここに、南アフリカで翻訳の仕事をしていたブレナーさんや、ジム・ワトキンスさんのご子息で日本にも住んでいたロンさんが「Q」の主犯格として名指しされるばかりか、このアメリカ社会全体を揺るがした「Q」によってビッグビジネスになるんだと吹聴し、いわゆる古いアメリカの代表格で共和党支持者の集まるクラスタに大変評価されて、大変な陰謀論集団が出来上がってしまったのが本筋です。
トランプ政権末期の議会占拠事件では、バファロー男のような有名なミームも発生したばかりか実際に5人が亡くなるというアメリカ議会政治史で大きな汚点となる惨事となりまして。こちらはこちらで実態捜査が進んでいたようですが、通信品位法の問題もあって、それらの陰謀論の拠点となっていた4chanも「Q」も一連の暴動・犯行に対して特段の示唆をしたものではなく、あくまで場所を貸していたに過ぎない4chanは犯罪行為として直接は問えないという消化不良の幕引きとなった形ではあります。
The Attempted Coup at the Capitol Proves This Is the United States of QAnon
他方、米ニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットで発生した銃乱射事件で11人が亡くなった事件が勃発し、この事件の犯人である男子高校生は、西村博之さんが買収した掲示板の『4chan』で「大量殺人事件の映像を見て影響を受けた」と供述しており、いまアメリカ政治で究極の問題となっている銃所持を事実上認めるアメリカ連邦憲法修正第2条『修正第2条 規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない』を根拠とする銃規制賛成反対という国民を二分した議論とは別に、4chanのような匿名掲示板を含むインターネット上のコミュニティとそれを支えるSNSに対してどう責任を負わせるのかという議論にまで発展をしかねない状態となっています。
匿名掲示板文化の側にも言い分があって、顕名でネットで話し合うことでプライバシーを暴かれるリスクなく必要な事柄を情報・意見交換でき、肩書きも立場も属性もなくフラットに話し合える環境こそ良しという価値観が根付いて多くのギークを含めた利用者が集まり、実際、全世界でも1,000位に余裕で入る利用者数を擁するビッグコミュニティになっているのは当然とも言えます。
しかしながら、不幸なことに西村博之さんは繰り返し「掲示板は管理しない」と明言しており、実際にそういう証言が運営側から出ていることから、誹謗中傷やヘイトスピーチ、陰謀論などといった問題のある言説の温床になっていて、これらへの削除や禁止事項の明記などコミュニティ管理を行わないことで、過激な言説や陰謀論に影響された人たちが議会占拠を実際にやり、また、銃乱射をして人を殺してしまった責任をどうするのかと問う声が出るのも当然です。
それでなくても、アメリカのあまり豊ではない白人層が支持する共和党において、いまだにディープステイトがどうとかいう陰謀論が普通に取り沙汰され、そればかりかトランプ大統領本人もこれを肯定的に言及し、Twitterなどではトランプさんの発言は不適切だとして削除をされBANされたことで、今度は(アメリカ国内での)自由な言論を求めるイーロン・マスクさんがTwitterの現運営に異を唱えてTwitter社の買収を発表するなど、空中戦に拍車がかかってるのは大変に気になるところです。
これはもう、アメリカで起きた事件なのだからアメリカの捜査当局がアメリカ社会の考えを反映させて刑事事件化し西村博之さんを訴追したいならそうするであろうし、基本的にはアメリカ人が決める問題になってしまっております。
ただ、日本語でしか使うことのない2ちゃんねると違い、4chanとその後継である8chan、8kunは英語圏のサービスであって、今回の問題も南アフリカやフィリピン、ベルギーなどと関係者が世界各国に散り、一方で、これらのスポンサーシップを検討するにあたり、西村さんが関係の深いドワンゴ(川上量生さん)にも打診した経緯があったようです。つまりは、4chanの問題を紐解いていくと、ビジネス化に失敗した元の管理人から西村さんが権利を引き継ぐにあたり、2ちゃんねるをジム・ワトキンスさんに半ば乗っ取られる形で失い、匿名掲示板サービスの本尊に返り咲きたい西村さんが関係する日本企業を巻き込んでビジネスを成立させようとした、というのが本来の見立てではないかと思います。
さらに困ったこととしては、ロン・ワトキンスさん周辺が長らく4chanを母体として、なかば面白半分に単なる陰謀論である「Q」を書き続け、だんだんと4chanでうっかり信じられるようになると、アメリカ社会内の分断工作の一環として他国が「Q」を利用するようになっていきます。いわば、ネット上の発言の自由が絢爛な匿名掲示板文化を花咲かせたものの、これに対して実質的に管理をされていない脇の甘さや、そこに出入りする人たちの社会経験の乏しさなどを利用して急拡大していき、それこそ銃乱射や議会占拠など違法行為をおおっぴらに議論したり示唆したりできてしまう無法地帯となって、過激な思想や陰謀論が共鳴することで実際に銃を手に取り犯行を実施してしまう人たちが出てきてしまうというのもまた病理であると言えます。
4chanを実際にカネにしていたのは未来検索ブラジル社の名義で行われている取引であったようで、つまりは反社会的勢力そのものという扱いになるのではないかと思うのですが、これらは本当のスポンサーシップであるグッドスマイルカンパニー社(ドワンゴ社も資金を提供したと報じられているけど真偽のほどは分からない)の隠れ蓑として機能してきたのではないのかと思います。
同様に、未来検索ブラジル社はもともとデジタルパブリッシングを取り扱う会社としてはたいした存在ではなかったものが、ある境から突然Vtuberや、Youtubeでの切り抜き動画の配信許諾などでネット広告代理店のメニューに載り始め、関係者も頑張っているんだろうけど気になるところではあります。
わざわざアメリカの捜査当局者が連絡を取ってきて、何度かコンタクトをする限り私が知らなかったこともたくさん質問されて(知らないものは知らないので知らないと答えるしかありませんが)、いつの間にか奥深くなっておるなあと思うんですが、たぶん、西村博之さんは本当に何も管理してないと思うんですよ。その西村さんを前に立てて、うまく儲けたり、やりたいことをやる人がいたというだけで。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.369 米国でかなり深刻な4chan問題に触れつつ、政府が推進するDX絡みの気になる話をあれこれ語ってみる回
2022年5月1日発行号 目次
【0. 序文】西村博之(ひろゆき)訴追問題と4chan周辺の迷惑なネタ
【1. インシデント1】規制改革で地方の医者がいっぱい潰れる話
【2. インシデント2】ゴール無きまま彷徨いつつあるDXという御輿
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】「『スローニュース』がピボット」に見る、ウェブメディアの難所
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