先日、海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)の議論は中間の取りまとめが行えず会議が無期延期となり、会議の構成員であり本件問題となっているブロッキングの推進派として論陣を張っていた弁護士・林いづみ氏は本件に関する有識者とはとてもいえないのではないか、という記事を掲載しました。
インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)の設置について(知的財産戦略本部 2018/4/30)(PDF書類)
海賊版サイト対策のタスクフォース、構成員の弁護士・林いづみ氏は本当に本件の有識者なのか
その後、このタスクフォースで有識者としての意見をまとめられなかったため、今度は知的財産権本部でタスクフォースの親会が開催されることとなり、式次第が公表されました。
検証・評価・企画委員会コンテンツ分野会合(第1回)の開催について
検証・評価・企画委員会構成員(計33名) コンテンツ分野を取り扱う会合への出席者(16名)
「ブロッキング法制化」反対派不在の報告会 「中間まとまらない」座長メモも公開
恐らくは、タスクフォースで否定されたブロッキングの法制化について、内閣提出(閣法)またはMANGA議連など超党派の枠組みを使っての議員立法で強引に新法でも作ろうという話なのかもしれません。
私もせめて少しでも複雑な気分になってもらえればと、親会に向けて記事を掲載しました。それなりに反響をいただいたようで良かったです。
憲法違反「ブロッキング議論」を誘発した、クールジャパン機構を巡る官民の癒着構造
しかしながら、憲法違反の疑いや、通信事業法の違反(それも、違反をした会社ではなくブロッキングの作業をした社員・技術者個人が罪に問われる)の虞があり、海賊版によって産業が壊滅的な被害を受け、その結果、民事刑事での対処をしつくしてなお、ブロッキング以外に方法がないという緊急非難の違法阻却事由があるかどうかが問われたのが、このタスクフォースの議論です。
ブロッキングの法律問題については、弁護士・森亮二氏の資料でほぼ尽きておりますので、改めてこちらをご覧ください。
ブロッキングの法律問題(森亮二)(PDF書類)
もちろん、ブロッキングが行われれば法的リスクがあることは、ブロッキング実施を表明したNTTグループ(NTTコミュニケーションズ)に対していきなり弁護士・中澤佑一氏が提訴してリスクが現実にあることを示しました。また、ブロッキング以外に方法がないとされる件については防弾ホスティング会社クラウドフレア社に対してカリフォルニア州で情報開示を行わせた弁護士・山口貴士氏、また国内では弁護士・山岡裕明氏が仮処分決定を取り付け、さらに先日東京地裁でも弁護士・中島博之氏が開示後に海賊版サイト「漫画村」運営者を特定していたことが明らかになりました。
「ブロッキングは違法」中澤佑一弁護士がNTTコムを提訴(弁護士ドットコムニュース 18/4/26)
クラウドフレアに「発信者情報開示」命令、海賊版サイト「ブロッキング」に影響も
これに先立ち、カドカワ代表取締役の川上量生氏は「法的措置があってもクラウドフレアは情報開示には応じない」と説明し、一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)の後藤健郎氏も防弾ホスティングを利用された場合に発信者情報に一般的な方法では辿り着けないと間違った事実を説明してきた経緯があります。
カドカワ川上量生氏、クラウドフレア社は法的措置では対応できないという見解を示す
川上量生「クラウドフレアは情報開示請求に応じないだろう」山本一郎「裁判所から情報開示命令が出た!」
ここまできますと、おそらくはMANGA議連を中心に超党派で海賊版対策の議論をしたことにして附則付きの新法(メディア総合センター整備法案)の話か、閣法を臨時国会で成立させることに血道を上げていくのだろうとは思います。いずれもブロッキング法制化の話と併せて、不適切なコンテンツのダウンロード違法化、リーチサイト(Leech Site)規制あたりが盛り込まれるのではないかと見られるわけですが、見ようによってはどれも通信の秘密を正面からねじ伏せる可能性のあるものになるので、そうとう通信業界にとってはしんどい局面になる(はず)です。
で、なぜNTTグループがそこまでブロッキングに前向きなのかはいまなお謎なところもあるのですが、やはり古き良きアイモードよ再びという話と並んで、データコングロマリットとの闘いという点で対GAFAの観点から日本人や日本社会のデータを守る仕組みを作るという不思議な使命感があるようにも感じられます。NTTの関係者によって、話の振れ幅が大きいのも、「そのような通信の秘密を飛び越えてまでやる以外にもGAFA対策はいくらでもある」という幹部もいれば、「これからモビリティが新たな市場を形成する局面で日本独自のデータ法制がなければ海外とは戦えない」とする人もいます。
もはや完全に政治マターになったブロッキング事案は、おそらくは閣法の成立に向けてまずは動き出し、オプションとしていろんなものを巻き込んだ議員立法も視野に、という流れだと思うのですが、なぜか野党の動きも鈍く、本当にそのまま成立してしまいかねない状況なのが気になります。紆余曲折はあるでしょうが、新法は通っちゃうのだろうなあと。
附則がどうつくのかにもよりますが、通信事業法の違反については罰則規定もありますので、新法が通ったからと言って通信事業者は正面から「ハイ、そうですか」とブロッキングをすることにはならないでしょう。また、法律が通ったら弁護士有志が集まって違憲訴訟でもやることになるので、そうなると安倍政権が本来取り組みたかった9条、96条の憲法改正どころではなくなる可能性すらあります。その本筋と引き換えにしてまでブロッキングやリーチサイト規制をやるのかどうかは分かりません。伝え聞く限りでは、話が大きくなって困惑している官邸各位は、そこまでのリスクを負うぐらいなら前のめりになった甘利明さんやMANGA議連は脇に置いて撤退するのでは、との観測もあります。
本件については、憲法上の問題がある中で緊急避難として3年以上の時間をかけて丁寧に議論してきた児童ポルノに対するサイト遮断は何だったのかという話はどうしても気になります。本当に児童ポルノはギリギリの線まで妥協した結果、何とか違法性阻却事由になるという緊急避難だという話だったのが、今回のように財産権の最たるものである著作権法違反でブロッキングするとなると、そこから誹謗中傷や名誉棄損などの“お気持ち”もブロッキングしろという話に容易になります。そうなってしまえば、日本は中国未満の検閲されたインターネットになり果てかねないわけですから、私なんかは「え、本当にそんなのでいいんですか」と思ったりもするんですけどね。
いろいろ見聞きして思ったのは、民主主義というものは与えられるものではなく、勝ち取るべきものなのだ、という点です。もちろん、いまのインターネットが百点満点と言えばむしろ程遠い存在でしょうし、海賊版サイトなんてものはのさばらせてはいけないのです。しかしながら、だからといって検閲同様の仕組みがあって良いのかというのはもっと深い考察と、それを支える哲学が必要なのだろうと思います。
ほかにも、著作権法違反サイトを見つけて通報しても摘発されることのない警察組織の不具合であるとか、民間各社が自前で権利回復できるだけの力がなければ泣き寝入るしかない問題などは、当事者はもっと頑張れよという以外方法はないと思うのです。ここからどうやってまともにやっていくのか、よく考えないといけない。その考えることを置き去りにして、まあとりあえずいろいろ課題はあるけどブロッキングしちまえよ、という方向に行かないよう祈るほかありません。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.241 ブロッキング議論にまつわるあまり明るくない今後の展開を予想しつつ、挙動不審なぐるなびやGoogleについて語る回
2018年10月31日発行号 目次
【0. 序文】ブロッキング議論の本戦が始まりそうなので、簡単に概略と推移を予想する
【1. インシデント1】不可解事案の続出している「ぐるなび」の怪
【2. インシデント2】Googleは“Evil(邪悪)”でないかもしれないが無垢でもないという話
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
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