そんなわけで、遅かりしとはいえサードパーティークッキーの利用是非について日本でも総務省を中心に検討会が始まりました。当メルマガでも何度も触れているテーマですし、この手の問題ではもはや定番ですが、俺たちの森亮二先生が議論を整理した資料をすでに出していて、私が見る限り森亮二案を満額回答としてどこまで「値切りさせられるか」というのがテーマになるのではないかなと思っています。まとめとしては追跡技術の進化とプライバシーというテーマセットがされていますが、実際には追跡データでどれだけいままでICT事業者、とりわけプラットフォーム事業者が利益を上げてきたかということの裏返しでもあります。
BUSINESS INSIDERで、AppleのiOS、Safariによる個人情報の保護強化により、プラットフォーム事業者がどれだけ損したかというネタが出ていました。
アップルのプライバシー保護強化で、プラットフォームは100億ドルの損害
留保しなければならないのは、あくまで予測で出ているこのデータには現在疑義が投げかけられていて、実際にはもう少し損害の幅は狭そうです。ただ、Appleの施策ひとつで広告に依存している事業者がどれだけ収益率にマイナスの影響を及ぼしているのかはよく理解をしておく必要があり、それだけ私たちはデータを閲覧するときに「過去に何を見てきたか」に影響され、また、その人の関心をネットでのページ閲覧情報で深くプラットフォーム事業者や広告事業者に捕まれてきたのかということに尽きます。
そして、これらの欧米での広告規制の枠組みはアメリカにおいては公正取引の文脈で、欧州においてはデータ法制と公平性の文脈で捉えられており、我が国の場合は総務省による利用者保護が主眼になっています。これは単純な話、日本も欧州も広告業界では「ユーザーのデータを実際には自分たちで持っていない」のであって、アメリカ系資本のビッグテックに個人に関する情報、とりわけ「この人はどのくらいの頻度で過去からいままでサイトを訪問してきたか」といった未来予測に資するデータを持っていないため、情報を生み出すことができず、その情報に基づいた広告事業で収益を挙げることができなかったのだとも言えます。
他方、今回問題となっているターゲティング広告は比較的簡便な技術で実現できる広告商品であり、しかもいままで相応に収益性が高かったので、我が国でもその手の広告業界はターゲティング広告が高い収益性を誇ってきました。彼らがサードパーティクッキーの利用に関する規制が敷かれればダイレクトに収益性に影響を及ぼし、下手をすると文字通り売上がゼロになりかねない状況であるため、むしろ積極的に今の広告業界はいかに個人に関する情報を持っていないかを説明しなければならなくなるというのは皮肉なものです。
また、今後追加で問題視されるであろうことは、いわゆる自社内・資本グループ内で個人に関する情報を共有する仕組みに対してどうメスを入れるのかです。これは、アメリカのように、いきなりリナ・カーンさんみたいな対ビッグテック専用アスペルガーみたいな人が公正取引員会に抜擢されて新しいフェアトレードの枠組みをICTでも作っていくのだということになれば、公的部門による多国籍企業・ビッグテックに対するリベンジにも似た衝突を引き起こします。
私個人も、フェイクニュース・ディスインフォメーション界隈だけでなく、教育情報(エドテック;GIGAスクールなどの学校のICT化)、さらにはFATF、マネーロンダリングの観点から誰がどこまで何を手がけてどのような資産を得て何をしようとしているのかという問いに対して、民間が政府よりもはるかに多くの物事を知っていることで起きる様々な弊害をどう取り除くかという問題に直面することが多くなりました。
端的に言えば、国税庁が持っているデータは限定的だけどビッグテックがカード決済や海外金融決済で持っている資産家の現在取引の情報は国税庁のそれよりも常に凌駕しています。当たり前のことですが、民間取引で行われるデータの総量は国税庁が入手可能なデータよりもはるかに大量なので、それらのデータを検証して情報にし、吟味をして評価するということが、国税庁よりも民間のほうが往々にして早くなるのも当然のことです。
しかしながら、これらの民間のデータというのは公共でもなんでもなくほとんどすべてがプライベートの、個人に関する情報の集合体ですから、これらの民間のデータが適正に情報が取得され、評価され、運用されているのかは公的部門が監視・監理する必要が出てきます。データ資本主義の根幹ですから、当たり前のようにやらなければならないことではあるのですが、なぜか我が国では経済安全保障の名のもとにサプライチェーン管理を国がやるぞ風の言論がいっぱい出てきてしまって非常に筋悪であるのは気になるところです。
そういうデータ法制があったとしてそれをどう現実に規制し、民間企業に守らせ、必要な国民に関するデータの扱われ方をリアルタイムで行政がチェックできるようにするのかは非常に重要な観点となります。検閲や表現の自由に引っかからないようにしながら、民間のデータ利活用を阻害しない程度に問題となるデータの取り扱いの有無を把握する方法を考えなければなりません。
そのときの切り札がアメリカでは公正取引・競争政策の文脈で、欧州では個人に関する情報を守るデータ法制の文脈なわけですが、日本の場合は総務省という逓信以降の通信行政を担ってきた人たちの文脈ですので、そのあたりの整合性はどうとるのよ、というのは極めて個人的には興味を持つところです。
また、これらの事業者というのは利用者の側から不思議な使われ方があるという主訴があり、まかり間違って裁判になってしまったとしても、代理人が出廷せず裁判にもならない、いわゆる「塩対応」をすることが一再ならずあります。日本国内には代表権を持たない合同会社だけを持ち、実質的には国内で人員を雇用しているにもかかわらず法的に、あるいは行政が「問題だから話を聞かせて欲しい」と言っても「データはアイルランドにあります」「データマネジメントのHQは香港です」「インドです」となると、一般の被害に遭われた方はお手上げであるだけでなく、そういう国民がぼちぼちいても、日本の行政はこれらのビッグテックに言うことを聞かせられないので泣き寝入るしか方法がなくなります。
かろうじて、我が国でもデジタルプラットフォーム事業者に対する規制で消費者を守るための法律ができたわけなんですが、これはもう入り口も入り口で、具体的に被害の申し立てが可能な、例えばAmazonで中華バッテリー買ってお家で充電してたら火が出てお家が燃えちゃった、どうしてくれるんだ、というようなクソ明確なもんには対応可能な幅は広がるものの、見えないところで「あ、こいついつも見てるサイトは低俗なもんばっかりで、類似のユーザー属性を見るとゴミみたいな所得の連中が鈴なりになってるからきっとこいつも定収入だろう、コンビニの広告でも見せとけ」と気がつかない差別を受けている可能性があったとしても、これを同法で救済することは不可能です。
デジタルプラットフォームと法的規制 法的規制の動きと消費者が持つべき意識とは? – 國學院大學
必然的に、低所得層には単価の安い飲料やお菓子の広告を、高所得層には家の建て替えや不動産取引情報を掲示するという一連の「あなたのために、最適化された広告」がどこまで許されるのかを改めて考えるべき時期に来た、そして、それが問題だとするならば、その各々の国の行政が、彼らの国民を守るために然るべき情報を国民に成り代わってビッグテックから聴取できる仕組みを考えなければならなくなってきた、ということでもあります。
人によっては、これらを「国家から多国籍企業へのリベンジ」と呼んでいるようですが、私なんかはむしろ国家の限界が改めて分かった瞬間だったと思います。むしろ、国家よりも民間経済のほうが情報をたくさん持っている方が健全であって、ただ、国民を守るための武器を政府に持たせる程度にしておいたほうが、経済を回しながら技術革新やイノベーションを享受し、国民を不当な情報・分析による差別から守ることの一里塚になるのではないかと思うのです。
いろいろと悩ましいところではありますが、せっかく我が国にもデジタル庁ができたことですし(困惑気味)、一歩でも二歩でも前に進んでいってほしいなあと感じる処であります。
やまもといちろうメールマガジン「人間迷路」
Vol.352 デジタルプラットフォーム上の履歴データは誰のものかを改めて考えつつ、外国人高額医療費問題やバズワード化するメタバースなどを語る回
2021年11月30日発行号 目次
【0. 序文】「お前の履歴は誰のものか」問題と越境データ
【1. インシデント1】「日本に来た外国人にも高額医療を受けさせること」の是非
【2. インシデント2】メタバースが一気にバズワード化している件
【3. 迷子問答】迷路で迷っている者同士のQ&A
【4. インシデント3】『日本大学が生んだ董卓』相撲部田中英寿先生が脱税容疑で逮捕
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