高城剛メルマガ「高城未来研究所「Future Report」」より

「投資」や「保険」としての移住

高城未来研究所【Future Report】Vol.743(9月12日)より

今週も、バルセロナにいます。
三ヶ月に及んだ「ノマドアカデミー・バルセロナ校」も、無事終了しました。すでに各種ビザをお申し込みの方もそれなりにいらっしゃいまして、皆さん、着々と前に進んでいらっしゃるようで、嬉しい限りです!

先日も少しお伝えしましたように、「ノマドアカデミー・バルセロナ校」を開催して驚いたのは、想像していた以上に参加者の背景が多様だったことです。僕自身、このプロジェクトを始めたときには、もっと「ノマド風情」というか、いかにもフリーランスのクリエイターやエンジニア、テック界隈のスタートアップに関わる人が大半を占めるのではないかと考えていましたが、実際にフタを開けてみると、まったく違う光景が目の前に広がっていました。

参加してくださった方々のうち、なんと半数近くが「お子さんの教育」をテーマに移住を考えておられる方々だったのです。いわゆる「教育移住」のために海外へ生活の拠点を移す、という決断を下す人々がこれほど多いとは、正直に言って想定していませんでした。
それもただの夢物語ではなく、実際にその目的のために会社を辞めたり、あえてリモートワークが可能な新しい職場に転職したりする人が相当数いらっしゃる。お越しになった多くの方々がお話しになりますが、幼少時から日本で死ぬほど厳しく、詰め込み教育を行っても英語すらまともに話せない現状に、どなたも辟易しているご様子です。
ですから、「自営業やフリーランスばかりが移住する」という先入観は、完全に覆されました。

興味深いのは、その職業の幅広さです。フリーランサーやスタートアップ経営者がいる一方で、医師や弁護士、会計士や税理士といった日本の国家免許に基づく専門職の方々も来られて、驚くことに、国家公務員や政治家の方まで、あるいは大手広告代理店の社員や商社マン、大手メーカー勤務の管理職といった、まさに「日本国内でしかキャリアを広げにくい」と思われがちな仕事に就いている人も少なくありませんでした。

それでもなお、教育、そして生活環境の改善のために移住を考える。
つまりそれほどまでに今の日本社会に、職業人として、あるいは親としての課題を感じているわけです。

小学生が海外の学校(たとえばバルセロナのインターナショナルスクール)に入学して実際に現地の生活を送る場合、2年程度でも高いレベルで英語を話せるようになる子が大半ですが、「ネイティブレベル」と言えるには3~4年程度が目安となります。
特に幼児~小学生は言語習得が早く、現地校やインターナショナルスクールに通えば、日常会話や学校の授業レベルは2年間もかからず自然に身につきます。
その上でスペイン語も同時に学べば、「英語×スペイン語」のトリリンガルとしての強みが得られます。
バルセロナのインターナショナルスクールは日本よりもコストパフォーマンスが高く、ヨーロッパらしい多国籍・多文化の環境で多様性や異文化理解、自己表現力まで自然と伸びていきます。

何より、今後20年の日本社会を見据えれば、国内から動けない、あるいは日本語オンリーの人材は、ロボットやAI、安価な移民に置き換えられ、年収200万円ゾーンに収束していくリスクがあります。
一方、子どものうちから海外経験を積み、複数の言語と価値観を身につけ、海外クライアントと自然に仕事ができるような人材は、グローバルに年収2000万円レベルを目指せる二極化の時代になるでしょう。
その意味で2~3年のお試し移住は、子どもの未来だけでなく、家族全体の可能性を劇的に広げる「投資」や「保険」としても大きな意味があります。
近年「親ガチャ」なる言葉が取り上げられていますが、実際は子供自身が選ぶことができない「環境ガチャ」だと考えます。

また、世界各地からいらっしゃる読者の方々のお話を伺っていると、もう一つ共通して見えてくるのは、「ゴールなき競争社会」への息苦しさです。日本であれば終身雇用という建前に支えられた年功序列社会。
その裏側に広がる監視社会的な空気感。「ちゃんと周囲に合わせていれば安心だ」と刷り込まれてきた根拠なき共同幻想が、同時に「居場所のなさ」や「生き辛さ」を強めてしまって未来が見えない。
一方、米国でも熾烈な競争社会にさらされ、明日はどうなるかわからない薄氷の上を歩くような日々を送っている。そうした社会システムに疲弊し、心身ともに限界を迎えて移住を考える人がとても多いと感じました。

実際、バルセロナで面談をしている中で、言葉を選びながらもポロポロ涙を流される方が少なからずいらっしゃいます。すでに気持ちも身体もギリギリで、これ以上いまの場所にとどまるのが難しい。そうした方に僕が強くおすすめするのは、一度は「その場から離れてみる」と割り切ってしまうことです。
たとえば貯金を切り崩す覚悟をしてでも、最低2年間は移住してみる。
そして毎日、地中海の海辺を歩けば、太陽を浴び、浜風に吹かれ、ただそれだけで心身がゆっくりほぐれていくのを実感できるはずです。その体験こそが、次の一歩を考えるために欠かせないプロセスだと思っています。他ならぬ、僕自身も地中海性気候に助けられました。

また、金額の多寡に関わらず、資産分散を考える方々も多数いらっしゃいます。日本に家も財産もキャリアもあるからこそ、それらを「日本一国」に預け続けてよいのかと、不安を感じるのも無理はありません。
地政学リスクや経済変動を肌で感じはじめた方々が、教育移住に続いて考えるのは、「資産をどう守るか、どこで積み上げるか」という現実的な問題でもあります。

つまり順番でいえば、大切なのは稼ぎ方やキャリアよりも先に、当たり前ですが、生き方や目的がしっかりと定まっていること。これにお気づきではない方が大半だと感じました。皆さんのご質問の多くに「どうやって稼ぐか」というテーマが含まれていましたが、実際にはその前段階で、何かしら譲れない「強い目的」がある方のほうが前に進みます。
子供の教育、心身の回復、自由な時間、資産の分散、そして真剣なリスク回避。それぞれの事情や思惑は違っても、強い目的を持っているかどうかこそが、人生の運命を分ける分岐点になる。そしてそれがなければ、移住やノマド生活も形だけになってしまうでしょう。

この夏、はじめて多くの読者の方々とお目にかかる機会に恵まれました。
なかには失礼承知で辛辣なことをお話しさせていただいた方もいらっしゃいますが、人生まだ数十年先まであるはずです。
そのうちの2~3年、人類の文明を育んだ地中海沿岸で過ごし、本当の自分を取り戻すのは悪いことではありません。

この度は、至らぬことも多々あったと存じますが、遠路遥々ご参加いただきまして、誠にありがとうございました。
また、皆様と再会できる日を楽しみにしております、できたら気候の良い時期に地中海沿岸の街で。

どうか、素晴らしき未来を!
 

高城未来研究所「Future Report」

Vol.743 9月12日発行

■目次
1. 近況
2. 世界の俯瞰図
3. デュアルライフ、ハイパーノマドのススメ
4. 「病」との対話
5. 大ビジュアルコミュニケーション時代を生き抜く方法
6. Q&Aコーナー
7. 連載のお知らせ

23高城未来研究所は、近未来を読み解く総合研究所です。実際に海外を飛び回って現場を見てまわる僕を中心に、世界情勢や経済だけではなく、移住や海外就職のプロフェッショナルなど、多岐にわたる多くの研究員が、企業と個人を顧客に未来を個別にコンサルティングをしていきます。毎週お届けする「FutureReport」は、この研究所の定期レポートで、今後世界はどのように変わっていくのか、そして、何に気をつけ、何をしなくてはいけないのか、をマスでは発言できない私見と俯瞰的視座をあわせてお届けします。

高城剛
1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。 著書に『ヤバいぜっ! デジタル日本』(集英社)、『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。 自身も数多くのメディアに登場し、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。 総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。 2008年より、拠点を欧州へ移し活動。 現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。 最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

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