津田大介
@tsuda

東電による過去の「選択」、政府がするべき未来の「選択」

なぜ汚染水問題は深刻化したのか

(※この記事は2013年10月11日に配信されたメルマガの「今週のニュースピックアップ Expanded」から抜粋したものです)

 

2013年9月7日、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたIOC総会で、2020年のオリンピック開催都市が東京に決まりました。おりしも世界中が東京電力福島第一原発の汚染水問題に注目していたなかで勝ち取った招致。「状況はコントロールされています」――安倍晋三首相が最終プレゼンで行った力強いスピーチが決め手になったと評価する声もありますが、次から次へと新たな汚染水問題が伝えられる国内メディアの報道との温度差に違和感を覚えた人も多いのではないでしょうか。いま、福島第一原発の敷地内で何が起こっているのか。汚染水問題を解決に導く有効な手立てはあるのか。まず、今週のニュースピックアップ Expandedでは、ネオローグの原発問題担当記者・小嶋裕一(@mutevox)に汚染水問題の経緯を説明してもらいました。いわば今週の原発クリッピングの特別版ですね。このあとに続くメディア/イベントプレイバックpart1の田坂広志さんによる解説とあわせてお読みいただければと思います。

 

安倍首相は嘘をついた?

津田:1964年以来2度目となる東京での五輪開催が決まり [*1] 、祝賀ムードに包まれている日本。たしかに最終プレゼンで披露された高円宮妃久子さまや滝川クリステルさんらによるスピーチ [*2] はすばらしかったですし、「TOKYO」と読み上げられた開催都市決定の瞬間は僕も本当にうれしかったです。ただ、このとき東京五輪決定の事実と同じくらい注目を集めたのが安倍首相による発言でした。最終プレゼンのスピーチで「状況は統御されている。東京にダメージを与えることはない」とアピールした [*3] のに加え、質疑応答で東京に影響がない根拠を尋ねられて「汚染水の影響は、港湾内で完全にブロックされている」などと回答 [*4] 。これに対して国内外から「安倍首相は嘘をついた」という批判の声が上がっています [*5] 。今日は汚染水についていろいろ話を聞きたいのですが、まず小嶋さんはこの安倍発言についてどう思いますか?

小嶋:そうですね……スピーチでの“under control”という発言をめぐってはさまざまな解釈があるようですが、純粋に「汚染水問題を含めた福島第一原発の現状が制御されているか?」と問われれば、それは違うでしょうね。実際に、IOC総会からわずか数日後の9月13日、東京電力の山下和彦フェローが福島県で開催された民主党の会合で「今の状態はコントロールできているとは思わない」と発言しています [*6]

津田:首相と東電で言い分が食い違っている。

小嶋:ただし、同日夕方には東電が「首相と同じ認識」だと釈明しているんですよ。山下フェローの発言は「汚染水の影響は原発の港湾内にとどまっており、発言は貯蔵タンクからの漏えいなどを念頭にしたものだった」[*7] と。

津田:「コントロールされている」と「コントロールできていると思わない」という発言は180度違いますから、語弊があったというレベルの話ではないですね。何らかの有形無形のプレッシャーがあったんでしょうね。

小嶋:ちょっと無理がありますよね。このドタバタ劇が影響しているのかどうかはわかりませんが、朝日新聞による最新の世論調査では、安倍首相の「状況はコントロールされている」という発言に対し、「そうは思わない」が76%、「その他・答えない」が13%で、「その通りだ」はわずか11%にとどまるという結果が出ています [*8] 。また、東京都の猪瀬直樹知事も9月20日の記者会見で「今は必ずしもアンダーコントロールではない」と明言していますね。もっとも、IOC総会での安倍首相の発言については「アンダーコントロールにする、なるんだと意思表明したことが大事だ」と擁護しているようですが…… [*9]

 

汚染水発生のメカニズム

津田:そんなふうに発言者によって認識が違うと、僕ら国民としても目下進行中の汚染水問題はもちろん、2020年の東京五輪は本当に大丈夫なのかと心配になってしまうわけですが……。現状を把握する前に、そもそもなぜ汚染水の問題がいまになって騒がれ始めたのでしょうか。「汚染水」という言葉自体は原発事故後のわりと早い段階から耳にしていたような気がします。

小嶋:汚染水の流出について、東京電力から最初に発表があったのは2011年4月2日ですね。福島第一原発2号機の取水口近くにある作業用の穴(ピット)の周囲に亀裂が見つかり、毎時1000ミリシーベルトを超える高濃度の汚染水が海に流れ出ていたことがわかりました [*10] 。4日後の4月6日、地中に凝固剤を注入するなどして海への流出が停止したことを確認しています [*11]

津田:そうそう。実はかなり早い段階から指摘されていたんですよね。2011年に初めて海洋への汚染水流出が確認されたということは、福島第一原発内にはそれ以前から汚染水がたまっていたはずですし。

小嶋:はい。そもそも、なぜ汚染水が発生するのかというメカニズムから説明すると、東日本大震災発生直後の2011年3月12日、津波によって原子炉の冷却機能が失われ、メルトダウン(炉心融解)した1号機への海水注入が始まりました [*12] 。その後、3号機と [*13] 2号機 [*14] への注水も始まるのですが、とにかく大量の水を入れて冷やし続けなければならないわけです。するとどうなるかというと、核燃料に触れた高濃度の放射性汚染水が原子炉建屋にたまっていくんですね。それを管理するには、本来なら集中廃棄物処理施設 [*15] に移送しないといけないのですが、当時、同施設にはすでに1万トンの低レベル放射性廃液が保管されていて、新たな汚染水を受け入れられなかった。そこで東電は集中廃棄物処理施設の低レベルの汚染水とあわせて、5号機・6号機の建屋付近にたまった低レベルの汚染された地下水を海洋放出することにしたんです [*16]

津田:法律に基づいた緊急措置とはいえ [*17] 、地元の漁業関係者や自治体、近隣諸国には十分な説明がなされなかった。それがこの大問題につながっているわけですね。

小嶋:2012年になって報道関係者向けに公開された東電の社内テレビ会議映像には、当時の福島第一原発所長だった故・吉田昌郎さんが「(汚染水の)水位を考えると、心臓が止まりそうだ。心臓と胃がキリキリになる最大の原因だ」と放出を訴える姿が映っています [*18] 。それが2011年3月30日時点の出来事なので、現場ではかなり早い段階から汚染水に悩まされていたということでしょう。

馬淵発言で再燃した「遮水壁見送り」

津田:なるほど、福島第一原発事故が起きた2011年3月にはすでに汚染水問題が顕在化していたと……。となると根本的な疑問として出てくるのは、なぜこれまで東電や国は有効な汚染水対策をしてこなかったということなんですが。

小嶋:大型土嚢やシルトフェンス [*19] 、鉄板を設置するなど [*20] の応急処置的な対策はなされています。その後、2011年5月になって東電は事故収束に向けた工程表の見直しを発表。当初予定されていた原子炉を水で満たす「水棺」[*21] による冷却はメルトダウンで圧力容器に穴が開いて実現不可能になったため、タービン建屋などにたまった汚染水を汲み上げてセシウムを除去し、浄化後の水を原子炉冷却に使う「循環注水冷却」[*22] へと方針を変えます [*23] 。本格運用が始まったのは7月ですね [*24] 。理論上、これが機能すれば汚染水は減るはずでした。

津田:でも、残念ながら汚染水の量が減少しているという話はこれまで一度も聞いたことがないような……。

小嶋:そうなんですよ。循環注水冷却の運用が始まってからも、汚染水は増え続けています。原因は建屋に日々流入してくる地下水。福島第一原発の周辺はもともと水脈が豊富な土地で、山側から海側に向かって大量の地下水が流れているんですね。その地下水に触れて建屋が浮き上がったり浸水しないように、東電は事故前から1日850トンもの地下水を汲み上げて水位を調節していたわけです。ところが、地下水を汲み上げるサブドレンが地震と津波で壊れたことで地下水の水位が建屋の基礎部分より上に位置するようになり、1日400トンもの地下水が建屋に侵入し始めました [*25]

津田:1日400トン……。原発周辺の豊富な地下水について一般に広く知られるようになったのは最近ですが、東電関係者がそれを事故直後から問題視していないはずがないですよね。こうなってしまうのは誰の目にも明らかなのに、なぜ抜本的な対策を講じてこなかったのか。

小嶋:それについて言うと、地下水の建屋への流入を防ぐための遮水壁の設置計画は2011年6月の時点で存在したんですね [*26] 。今年9月になって民主党の馬淵澄夫選対委員長が党会合で証言した [*27] ことで注目が集まりましたが、馬淵さんといえば、当時の菅内閣で原発事故担当首相補佐官を務めていた当事者です。証言によると、福島第一原発の吉田所長とともに建屋の四方をぐるりと囲む遮水壁の計画を進めていたところ、記者発表の直前になってストップがかかったと。どうやら、遮水壁の設置に必要な1000億円レベルという試算が公表されることによって市場が混乱するのを懸念した東電側が、当時の海江田万里経産相に「発表しないでほしい」と伝えたようですね。その後、計画は立ち消えになってしまい、馬淵さんは首相補佐官を退任します [*28]

津田:その報道には僕も驚きました。民主党は10月からの臨時国会を「安倍首相のIOC総会での発言を追及する“汚染水国会”にする」と意気込んでいるようですが、馬淵さんの証言が事実なら民主党にそんな資格はないということになる。地下水の建屋流入で汚染水問題が深刻化する可能性を認識しながら遮水壁を見送り、一方では原発事故の「収束宣言」[*29] をしたわけですから。

小嶋:まぁ、正確に言えば、見送られたとされるのは「建屋の四方を囲む」遮水壁で、海側に遮水壁を設置する計画は進んでいるんですよ。2011年8月の報道資料に初めてその基本設計について明記され [*30] 、同年12月時点の中長期ロードマップでは「地下水が汚染した場合の海洋流出を防止するため、2014年度半ばまでに遮水壁を構築」と具体的な運用時期にも触れています [*31] 。2013年4月より鋼管矢板の打設工事が行われていて、来年2014年9月に完成する予定だということです [*32] 。ただ津田さんもご指摘のとおり、海側の遮水壁だけだと地下水の建屋流入を防げませんから、抜本的な対策にはなりませんね。

津田:ほかに有効的な地下水対策はなかったんですか?

小嶋:その後、東電は建屋への地下水流入に対する抜本的な対策は「サブドレンの復旧」だとしています。同時に、山側から流れてきた地下水を建屋の上流で汲み上げ、地下水の流れを変える「地下水バイパス」も計画していますが、こちらは当時、あくまでもサブドレンの補助的なものという位置付けでした [*33]

津田:サブドレンって地下水を汲み上げて水位を調整するための井戸ですよね? 井戸がそんなに重要なんですか?

小嶋:これが結構重要なんですよ。というのも、本来なら地下水流入抑制のゴールは、地下水の水位を事故前と同じくらいまで下げることです。ところがいまは、建屋にたまった汚染水が地下水に流出してしまわないよう、地下水の水位を建屋の汚染水の水位よりも高く保って水封している状態でもあるんですね。高濃度の汚染水が地下水に流出するのは絶対に避けないといけないですから。つまり、地下水の水位を下げるには、先に建屋内の汚染水をすべて汲み上げる必要があるんです [*34] 。だからといって地下水の水位が高すぎると大量の地下水が建屋へ流入してしまう。そのあたりの調節をするのにサブドレンが必要不可欠だということです。ちなみに、東電が2011年10月に陸側の遮水壁建設を断念した理由のひとつにも、建屋まわりに遮水壁をつくることで地下水の水位が建屋内の汚染水よりも低くなり、汚染水が流出するおそれがあることが挙げられています [*35]

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津田大介
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。1973年生まれ。東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師。一般社団法人インターネットユーザー協会代表理事。J-WAVE『JAM THE WORLD』火曜日ナビゲーター。IT・ネットサービスやネットカルチャー、ネットジャーナリズム、著作権問題、コンテンツビジネス論などを専門分野に執筆活動を行う。ネットニュースメディア「ナタリー」の設立・運営にも携わる。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社)、『未来型サバイバル音楽論』(中央公論新社)など。

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