城繁幸
@joshigeyuki

城繁幸メールマガジン『サラリーマン・キャリアナビ』★出世と喧嘩の正しい作法より

山口組分裂を人事制度的に考察する

城繁幸メールマガジン『サラリーマン・キャリアナビ』☆出世と喧嘩の正しい作法2015年09月11日Vol.115より

日本最大の暴力団組織である山口組の分裂騒動が大きな話題となっています。おひざ元である神戸の神戸新聞社サイトなんて、日によってはアクセスランキングの上位がすべて組関連のニュースだったりするほどなので、その注目度の高さがわかるでしょう。

時を同じくして維新の会も分裂することとなりました。同じ関西の話でもあり、多くの人は二つの分裂劇に通ずるものを感じている様子。ただ筆者としては、むしろこちらの報道とセットで読むことで時代の象徴的なものを感じましたね。

シャープ、管理職ポスト600削減
http://www.sankei.com/west/news/150903/wst1509030077-n1.html

筆者はもともと、アウトローの組織や人事制度に注目しています。というのも、彼らは法律の枠外の存在なので、ある意味、規制なんて関係無しに時代の流れに沿って動くことが可能だからです。「選挙で労組の票が欲しいから派遣社員の規制を強化します」とか「年金支給開始年齢引き上げるから65歳まで雇うべし」とか言ってたかってくるアホがいない恵まれた業界なわけですね。

なぜ、日本最強のヤクザは分裂したのか。なぜ、今このタイミングなのか。そして、彼らはどこへ向かうのか。彼らの進む先は、実は多くの日本企業にとっても他人事ではないというのが筆者の見方です。

 

年功序列組織が一気に流動化する瞬間

年功序列型の組織と聞くと、処遇が上がることはあっても下がることはなく、安定した人生設計ができるとイメージする人が多いでしょう。過去の年功に比例して処遇が決まる仕組みなので当然ですね。「今期の評価」だとどうでるかわからないので不安ですが「積み重ねた年功」は不動なので見通しも安定しているというわけです。

ちなみに、暴力団というのもまた、典型的な年功序列型の組織です。親分である組長をトップに、若頭や若中といったポストが連なり、親分から直に盃を貰えば“直参”という二次団体ポストが貰えます。抗争相手をはじいて15年間ムショでお勤めをした後で直参に昇格させてもらった盛力親分のように、そうしたポストは年功に対して与えられることになります。

山口組のような広域暴力団であれば、直参は70人ほどですが、各直参がそれぞれ二次団体、三次団体を率いる現役の親分であり、小さな年功序列型組織が何十個も積みあがって出来ているのが、巨大組織山口組ということになりますね。要するに年功序列型組織の集合体というわけです。

そして、この業界における年功序列的価値観は、一般の日本企業などとは比較にならないほど強烈です。というのも、そうした年功序列的価値観は業界全体で大事に共有されているためです。たとえばどこかの親分が「うちの〇〇を絶縁しました」といった回状をよその組織にも回した場合。その他の暴力団が絶縁者と仲良くしたり、まして拾って組員にすることは事実上タブー扱いとされています。親分=年功序列上位者ですから、要は年功序列的な秩序は、そこらの企業な企業よりもはるかに絶対的に守られているわけです。

上司と喧嘩しただの逆らっただのという話はよく聞きますが、それで業界永久追放になったなんて話は聞いたことありませんからね。

さて、そうした年功序列型組織ですが、ある状態に達すると途端に安定性を失い、一気に流動化することとなります。それは「成長が頭打ちになること」です。

報酬の取り分をどう分配するかを決めるのが評価制度の肝ですが、毎年増えたパイの分だけ広く薄く分けていく年功序列制度の場合、評価制度なんて適当でいいんですね。まあ明らかに功のある人は長期ではそれなりに出世させないといけませんが、とりあえず今期の評価はどうあるべきかなんてことに頭を使わなくてもいいわけです。

ところが、成長が頭打ちになると、歯車は逆転し始めます。パイが増えないのだから「増えた分の分配」ではなく「今まで配ってきた分の再分配」をやるしかありません。要は「不利益の再分配」ですね。こうして日本企業は、今までろくすっぽ取り組んでこなかった「誰がどれだけ貢献したか」とか「そもそも、各人の担当業務は給料に見合っているのか」といった問題に真正面から取り組まざるを得なくなったわけです。やれ成果主義だ目標管理だとここ20年くらい言い続けてきたのは、その試行錯誤の一環というわけです。

ようやく昨年くらいからですね。年功給の全廃やら管理職ポストの抜本的な見直し、縮小といった「不利益の再分配」に日本企業が本腰を入れるようになったのは。経営危機に直面中に「管理職ポストを半減させます」とリリースしたシャープも、もちろん不利益の再分配に乗り出した代表例です。

さて、ヤクザ業界のほうはどうでしょうか。経済停滞にくわえ、暴対法の影響で一般企業以上に景気が悪いと言われているヤクザ業界です。企業以上に抜本的な改革が必要なはず。でも、筆者はそもそもあちらの業界では「不利益の再分配」は不可能だと考えています。年功の積み重ねを否定することは、彼らの秩序を真っ向から否定することにつながりかねないというのが理由ですね。

 

“ヤクザ業界”で不利益の再分配ができないワケ

たとえば山本組という直参の組があったとして、そこの組長が居眠りしてたからと言ってシマ没収なんてことができるんでしょうか。先述のようにその組の傘下には複数の二次、三次組織が重層的にぶら下がっているわけで、その組員たちの生活を考えるとおいそれと降格処分はできないはず。

いや、百歩譲って自分とこの親分がヘマをやらかしたんなら子分たちも給与カットやリストラを甘受するかもしれません。でも、たとえば「隣町の鈴木組が最近頑張ってるから」という理由だけで山本組は降格処分させられることだって十分ありえるわけです。特に失点は無くとも相対評価でマイナス査定が降ってくる。それが不利益の再分配というものだからです。

それでも「いやいや、貢献度で負けたんだから組全体で責任を取るのは当然。絶縁処分にするぞと脅せば反抗もしないだろう」と思う人もいるかもわかりません。でも、そうした力技は、ヤクザ社会の根幹を揺るがす破壊的なインパクトをもたらすでしょう。

筆者は先に「ヤクザの世界では親分と子分の上下関係は絶対だ」と述べました。そのような強烈な上下関係が自由社会で成立するということは、裏を返せば「親分は子分に徹底的に報いねばならない」という暗黙のルールが存在するということでもあります。簡単に言えば、後から大した理由もなしに処遇がリセットされかねないようなあやふやな信頼関係では、誰も進んで子分なんかにはならないということです。

たとえば、後でいきなりクビになるような組織で、誰が鉄砲玉なんかに志願するでしょうか? 出所してきたときに自分の組があるかどうかすらわからない状況で、誰が犯罪の責任をかぶって自首するでしょうか?

罪を被る鉄砲玉がいなかったら、犯罪行為はすべて水面下でこっそりorせめて足がつかないような形で行わないといけません。当然、今はでかでかと看板掲げてる組事務所も畳んで、どこかの山奥にでもこっそり秘密基地みたく引きこもらないといけません。バッジつけてベンツ乗って肩で風を切るような生き方はもう出来なくなってしまいます。

そうなったらもう単なるマフィアと変わりませんね。だから、筆者はこれまでもそしてこれからも、まともな不利益の再分配ルールはヤクザ業界では成立しないと考えています。

内部から漏れ出てくる情報から判断するに、どうも山口組現執行部は実に古典的なアプローチでこの問題を解決しようとしていたようです。それは「現トップの出身組織である名古屋・弘道会系以外の組織の排除による組織内秩序の維持」です。要は名古屋系以外への不利益の押し付けですね。

08年に山口組は有力直参である後藤組をはじめとする8団体を処分。絶縁や除籍によってトップを引退させ、組も消滅させています。これら8団体は主に関西系の組織で、現執行部にやや批判的だったとも言われています。※

また、それまでタブーであった「山口組No2である若頭を自らの出身母体から登用する」ということを現トップは実行してもいます。若頭が次の山口組トップの事実上の指定席であることから、今後山口組は名古屋系が仕切るという各個たる意思表示と言っていいでしょう。他の有力ポストからもどんどん関西系を追放し、自身の息のかかった名古屋系で固めてもいます。

要するに、山口組という巨大組織の中で、名古屋系だけで従来通りの年功序列、親分子分の関係を維持しますよ、他の系列、中でも関西系はその肥しになってもらいますね、というわけです。これで割れないほうが不思議だと筆者は思いますね。逆に今まで一つの組織だったのが不思議なくらいで、それほど一度交わした盃の意義は重いのかと驚いている次第です。

※後藤組長はその後に自伝「憚りながら」を出版、20万部を超えるベストセラーとなっている。

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城繁幸
人事コンサルティング「Joe's Labo」代表取締役。1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種メディアで発信中。代表作『若者はなぜ3年で辞めるのか?』『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』『7割は課長にさえなれません 終身雇用の幻想』等。

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